作業部屋を片付けないと

  • いざ卒業が迫った根地さんの作業部屋を白田先輩と立花くんでお片付けする話です

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どこに何があるかなんて僕にはぜーんぶわかってんだーい! と根地黒門はありとあらゆるものが恐ろしい高さに積み上がった作業部屋で叫んだ。

だからこれらをダンボールなんかにしまってしまったら、逆にどこに何があるのかわからなくなっちゃうんじゃないか、という不安があるわけですよ、とこの場に動員された立花希佐と白田美ツ騎に向かって黙々と説明する。

「ここらへんとかどうせ読んでないんですから、読んでませんってラベルつけて全部突っ込めばいいじゃないですか」

白田がまだ集まったばかりだけどすでに解放してほしいという表情で告げると、いやそれ後で読むしー、なんなら今読むしー、と根地は白田に指摘された本の山から乱雑に一冊を取り出してペラペラとめくりだす。

「根地先輩、怖い話しましょうか?」

やってられない、と突っ込む気も失せたように言葉を発しなくなってしまった白田の代わりに、希佐が一歩前へ進み出て、読む気のない本をぱらぱらめくり続ける根地に声をかける。

「うむっ、なんだね、僕に怖い話なんて上等! いいよ、してごらん?」
「お掃除の時に本を読み始めると、全然進まなくなるんですよ」
「それが立花くんがしたい怖い話……!?」
「全然進まなくなるとどうなるか知ってますか?」
「え、何何?」
「江西先生がやってきて根地先輩の荷物をぜーんぶひとまとめにしてお部屋に送っちゃうんです」
「あ”~!! やめて! それだけは……! 優先度ってもんがある! いつも使ってる~あ~この辺の資料とかをさ~!! テキトーにいれられたら困っちゃうんだよぉぉ」

「だから、今のうちに整理すればいいじゃないですか。僕たちはそれを手伝いにきたんですよ?」

振り出しに戻った、と白田は苛々しながらも丁寧に言葉を選んで一応伝える。何せ相手は先輩だ。それも自称天才と称してはいるものの本当は周りが自他共に認めている天才だ。その天才がユニヴェールに在籍している間にこつこつと築かれたこの作業部屋という名の要塞はこれから迎える卒業という一大イベントへの最大の支障となっていた。

クォーツの担任である江西から作業部屋の片付けを指示されてからの根地は、今までこなしてきた各公演の脚本の締め切りと同様にきちんと仕上げるかと思いきや、まったく……まったくといっていいほど作業を進めていなかったのである。

本人曰く「作業部屋なんだから作業すすめるのに作業部屋を片しちゃったら作業できないでしょ!」とのことだ。

このように述べた根地黒門の言い分に対し、その様子をみていた睦実介は「そうだな……」と頷いたという。

とにもかくにも状況を危惧した江西から手伝ってやってほしいと依頼され、これも組長を引き継ぐ上での必要な犠牲か……と観念した様子でやってきた白田美ツ騎と、運悪く通りがかかったところを「立花くぅぅん!!」と捕獲された立花希佐が今、この禁じられた作業部屋のお片付けを根地黒門に促しているというのが本日のハイライトだ。

「とりあえず僕、ゴミ袋は持ってきました」
「白田くん!! 最初から全部ゴミって判断してゴミ袋もってくんのやめよーね!」
「私はさっき江西先生からここにいれろと頼まれたダンボール一式持ってきました」
「立花くん!! それダンボールという名のゴミ箱じゃねえかなぁ!?」

なっはっは! やはりここにあるものの価値はこの作業部屋の主である、根地黒門でなければわからんかぁ! と根地が高らかに叫んでいる間に、白田は「立花、ダンボール組み立てて」とテキパキと作業を進め始める。

「わー! 無視だー!」
「根地さん。うるさいです」
「はいっ、すみません!」
「根地先輩がわかるように、ちゃんと内容物確認しながらしまいますから」

そんなに心配しないでくださいと希佐に声をかけられて根地は、マジでぇ……本当に……? とせっせっと片付けを始める後輩二人の前で急にしおらしくなっていく。

「単純に忙しすぎて、片付けなんかできなかったんですよね」
「白田くん、ゴミ袋広げてない? ゴミじゃないの、ほんとまじで」
「はいはい。でもこの辺は確実にゴミですから」
「あー。今日、食べたおやつの袋だ。めんご」
「サイアク。ちゃんとゴミはゴミ箱に捨ててください」
「わっかりましたぁ!」

ビシィ! と額に片手を正しい角度で姿勢よく、敬礼をさせたら右にでるものはいないといった自信満々の様子で立つ根地の前を「白田先輩、ここにもゴミが」と希佐が横断してゴミを捨てていく。

「ゴミ袋持ってきて正解じゃないですか」
「正解っていわないでよぉ! ゴミ一割、思い出八割、大切なもの一割だもん!!」
「ほぼ思い出しかないの何でですか……」
「んー。この作業部屋にあるのって資料もそうなんだけど、僕が過去に書いた脚本もあるし、それらは全部いい思い出ってなってる。ボツにしたプロット集だっていつか使うかもわからんし……思い出は振り返るためにあるものだもの」
「まーたもっともらしいことをいって。整理をしない言い訳にはさせませんよ」
「ミッキー……。もしかして僕、本当に卒業しなきゃいけないの……?」
「卒業しないっていう選択肢があったんですか?」
「いや、ない。そんなルートは存在しないから。まあ僕にかかればそういうルートを作ることもできるかもしれんけど」
「作らないでください」

きっぱり言われて、ここから先は根地さんと会話してると本気で終わらないからもう話しかけないでください、と念押しされて根地は「むぅう……」と手持ち無沙汰に陥る。

こうなれば立花くんだ! と白田に指示されてダンボールを組み立てている希佐の後ろに根地は回る。

「根地先輩、このあたりの本は……」
「うーん、なんだっけなそれ。ちょっと広げて見せて?」
「……えと、はい。雑誌……かな……、うわ!! 根地先輩これ!」
「あぁ。ドミナの衣装の参考にしようとして取り寄せた海外のピーな写真集だぁ。これからも何か使えるかなと思ってたんだ」

根地に広げて見せて、と指示されて中綴じになっているフルカラーの一ページをべろんと希佐が広げるとそこにはとてもではないくらい過激な様相の写真が掲載されていた。

絶句した様子の希佐に気づいて白田も振り返り、その写真と目をあわせると死んだような目で根地を見る。

「根地さん、風紀が乱れてますよ」
「ここは秩序も乱れてるからなぁ」

変なもの見せちゃってごめんね、と雑誌を広げたまま硬直している希佐の手から写真集を受け取って、中綴じをえっちなのはいけないと思います! 成敗! と言いながらしまいこむ。

「その本いれるダンボールにそういう本ですって書いてそういうのまとめておきますか? 隔離しておいたほうがいいですよ絶対」
「ミッキーって結構真面目な顔でそゆこというよねっ? おおともよ、書いておいてくれたまえ!」
「書くのか……嫌だな……」

はー、こんなこと提案するんじゃなかったと白田は親切心でいったことが自分の身に降りかかることで余計なことをいうんじゃなかった……と反省を深める。

「立花くん……? ああごめん、あまりにも刺激が強すぎたかな……」

問題の写真集を成敗した後もまったく動かない希佐の目の前に手をひらひらと根地がかざすが本当に反応がない。

「そういうのやめたほうがいいですよ不可抗力とはいえ」
「や、ほんと、悪気はなかったんだけどね」
「悪気があってやってたらもっと最悪だ……」

指示された通りに「そういう本」と白田はダンボールに大きく書いてから、根地から渡された本をしまう。

「まあ、でも資料用ならこういうのもあるのか……立花、こういう事故があるだろうから無理はするな」

この先どんなものがでてくるかわからないぞと白田が諭すと希佐も「はっ」と気づく。

「あまりの刺激に見ないようにしなければと息止めちゃいました……」

はぁはぁと肩を揺らす希佐に根地は興味深そうに「ふーん……、立花くんはそういうのあんま耐性ないんだねぇ」とそっかー、まあ、そうか、そうだよねーと、眼鏡のつるを抑えながら独りごちる。

「根地さん変な事考えてません?」
「変なことっていうか……、こういう反応もあるんだなーって……、面白いなって。あっ! ごめん、メモとるよ、メモ! ちょいと失礼!」

物が置かれすぎてただでさえ狭いこの部屋に、さらにダンボールが置かれていることでより狭くなっているのも気にせず、ぐいぐいと奥にあるデスクにむかって根地は一直線に向かっていく。

「もー根地さん……」

こんなんじゃいつまでたっても終わらないよ、と白田が呆れる中でふと希佐を見る。希佐もまた、真剣に……、ちょっと惜しむように、懐かしむように根地を見ているのに気づいて白田は声をかける。

「どうしたんだ立花。疲れたか?」
「あっいいえ。……、こんな風に根地先輩が、ひらめいたっていいながら何かを書いてらっしゃる姿をみたり、この部屋にこもっている根地先輩に差し入れすることもなくなるのかなと思うと、寂しくなっちゃって……」
「……、そう言われると……、たしかにそうなんだけど……」

本当に片付けをして、ここが空っぽになってしまったら、根地はもうここには戻ってこないのだろう。

作業部屋が片付かないのは、おそらく本当に、忙しかったから、というのが最大の理由だろうけれど、今、白田と希佐がきても思うように作業が進まないのはここに根地がいた、というひとつひとつの証みたいなものを片さなければいけないということ自体がまず、気が進まないというところもあるのかもしれない。

「もちろん、それはあったとしても、この量が……」

そういった感傷は認めたとしても、まず物理的に量が多すぎる。だいぶ片付けたと思っても、何しろ量が減らない。白田が持ってきたゴミ袋も、なんだかなんだで「必要か不必要か」を根地に判断させたら、すでに二袋は満杯になって口を結んでいったにも関わらず、だ。

カーテンに閉ざされ、光を失ったこの部屋で灯るのはデスクトップモニターのバックライトのみ。その光のそばで、「うーん、……」と脳内で何かを捻りながらペンを走らせている天才はもうここには帰ってこなくなるのだ、と片付けをすすめる度にそう感じぜざるを得ない。

そんな二人の視線を背中に受けながらも当人は今は何も耳に入らないといったように夢中にペンを走らせ続けている。

「あれれ……、書いてるうちにわけわかんなくなっちゃったなぁ……! 頭使ったらお腹すいちゃった。白田くん、立花くんお昼食べた?」
「まだです」

白田が返事をすると、「よっしゃ、ご飯たべいこ、ご飯! せっかくだしぃ、街に繰り出しますかっ」と応じた根地は先程まで書いていたメモを壁に貼り付けた。

「あー、もう片付けるのにまた何か増やしてる」

それを見た白田が渋い顔で云うと、根地は、言われて本当に気づいたというように「あぁ……ごめん……」と呟いた。

その反応を見て、いつも通りの今までを続けようとして、それがもうもう叶わないというのを強く意識したのか希佐が目を伏せる。

「ちょ、立花くん。どうしたのさ、君らしくないぞ!? お昼は何でも山盛り食べにいこう、ね?」
「すみません……すみません、ここにきても、もう根地先輩にここでは会えないんだって、……そう思うと……」

目を伏せたまま、小さく拳を作って、溢れでる感情を押し切ろうとするその表情は、きっと根地がああしてほしい、こうしてほしいと無理強いのリクエストを続けた中でも出てこなかった感情のようにも見えた。

根地はその姿を見て、何も言えないまま、その一方で、また新しい引き出しを見つけちゃったな、と考えてしまう自分と、そんな表情にさせてしまったのは自分なのだという申し訳無さをしみじみ感じているのかその姿を見て何も言わないまま立ち尽くしている。

そうした空気が三人の中で数秒流れて、それを断ち切るように白田が口火を切った。

「僕、支度して先に待ってますから。立花と根地さんは後から来てください」

探してもらえばわかるような場所にいますから、と二人に伝えてから出ていく。ここで希佐に何を伝えるか、は当事者である根地の役目だと白田はそう思ったのだろう。

「あぁ、うん」

一応の返事をしてから、まだ肩を震わせて「ごめんなさい」と一生懸命に泣くまいと感情を堰き止めようとする希佐の前で根地は小さく笑った。

「……どうしよう。僕、こういうのあんまり得意じゃないんだ。泣くな、ともいえないし、笑え、とも言えない。困ったね」
「すみません、私。こんなんじゃ根地先輩、心配で先に行けないですよね……」
「ううん。心配なんかこれぽっちもしてないさ。ああいやしてるかも? ううん、心配はしてるんだけど、そうだな、立花くんへの期待の方が圧倒的に上回ってるから、そうだな……すごくワクワクしてる。そう、楽しみなんだ」
「楽しみ……」

根地の声色に、本当に楽しみにしているという抑揚を感じてか、さっきまで目を伏せていた希佐がようやく顔を上げる。

「あぁ! でもこれから先も成長し続ける君のすぐそばに僕がいないってのは寂しいもんだね! 悲しきかな三年生、立花くんは一年生……でもさ、僕たち本当にここで出会えてよかったとそう思わない?」

いつになく優しく諭すように柔らかな声色で根地は希佐に寄り添う。

これが正しい接し方なのか、わからないという迷いすらもかき混ぜながら、それでも時が過ぎた後でもこんな風に話せてよかったという思い出が残せるように、と言葉ひとつひとつを丁寧に選んで磨いて、希佐の前に広げていく。

「はい。根地先輩と出会えてよかった。ユニヴェールに入ってよかった。あなたと今日まで一緒にたくさんの物を作れてよかった。知らないこと、知りたいこと、色んなものをもらえました。ありがとうございます」
「うん。僕の方こそ、立花くんからは色んなものをもらっちゃったな……それこそ、知らないこと、知りたいこと……知りたくないと思っていたこと。君がいたからそのすべてに向き合えて、あらためて意味を知った。そういうもの全部ひっくるめて、僕はまたこの先に行くんだ。ここには物は無くなってしまうけど、根地黒門はなくならない。いつでも会いにおいで」
「いいんですか……?」
「今までと同じ、会いにいこうと思えば会えるようにしておくからさ! そだな、週五、八時間、残業ありの条件でよかったらどうですか?」
「残業あるんですね?」
「あるよー、何せ僕んとこはブラックだからね。締め切りに間に合わせるためならフルタイムでコミットしてもらわなきゃならないから!! いつでも立花くんが僕のところに永久就職しにくるのを待ってるから」

はっは! と根地は笑って、不安なときはいつでもおいで、と付け足した。希佐は、そうしていつまでも軽口を叩く根地に「心配かけないよう、がんばりますから」とさっきの弱気とは違って何かを決めたように返事をする。

「云うねー。無理させまくった僕がいうのはお門違いですけど無理はあんまりしないこと。じゃ、そろそろお昼行こか。白田くんが怒って一人でご飯食べにいっちゃうよ」

わかりやすい場所で待ってますから、といっていた白田のことを思い出してか根地は「白田くんなら行けばどこにいるかすぐわかるな……よし! ミッキーを探せ!!」と気合をいれてからすぐに優しい表情で振り返って「おいで」と希佐に語りかける。

「はい」と、希佐もまた表情だけで応えて、根地の後ろ姿についていく。

ぱたりと閉じた扉が乗せた風のせいか、最後に貼り付けた壁のメモが剥がれて落ちていった。

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