「立花くんっ!!」
「は、はいっ」
「抱きしめていいかいっ!?」
「え!?」
このところの根地先輩は、「抱きしめる」ことに夢中なのか、事あるごとにそんなことを聞いてくることが増えた。
まだきちんと「抱きしめていいか?」と確認されるだけマシかもしれない。
こないだみたいに感情がクライマックスになってしまった根地先輩に抱き寄せられたときに、身体が密着しないようにするのに本当に必死だったのだ。
身体をあわせるのは、ちょっと……と深い意味ではないにしろ、そういうのは好みではない、というのは個人的にでも通る話だろう。
でも舞台を続けていると演出上、そういうところがあるのかもしれないし……、実際演じるにあたっては避けては通れない行為であったりもする。
「立花くんっ!!」
さっき断ったばかりなのに根地さんは「なはは」という声を出しながら嬉しそうにまた駆け寄ってきた。
「抱きしめても……いいかいっ?」
「はあ……いいですよ」
「あははまた断られ……エッ!?」
「いいですよ。抱きしめて。それとも私が抱きしめましょうか?」
根地先輩の狙いはさっぱりわからないけれど、いつまでこんな風にやられっぱなしなのは性に合わない。
さあ、どっちからいきますか?! と両手を広げて根地先輩を受け入れるのか、このまま詰め寄って抱きしめるのが、どっちにしましょうか、と今度は逆に私がじりじりと詰めよると根地先輩はドキドキはらはらした表情をしながら「わわわ、予想外の展開! 黒門くんピンチ?」と舌をちょろりと出しながらも嬉しそうだ。
いつも突然に始まるエチュードとはまた様子が違うけれど、きっと根地先輩が私に求めているのは予想外のことを求められて困るだけのクォーツ生としての姿ではない。
両手を広げた私と根地先輩がじりじりと距離を詰めながら、稽古場の中心をぐるりぐるりと回る様子はさながら大晦日に放送される格闘技のデスマッチのようだ。
それを冷めた様子で見守る白田先輩と、ふーんと笑顔のまま見守るフミさん。カイさんはほう、という様子で突然開始されたバトルを冷静に見守っていくというスタイルだ。
一方の私たち一年の同期であるスズくんは「うおおお、立花いけぇ!」と右脇腹を狙え! と根地先輩に打撃を加えるよう激を飛ばしていた。これボクシングじゃないよ!? と困った表情で創ちゃんはスズくんを見ながらも、この展開に手に汗を握っているだろうことがわかる。
「立花くん、隙ありぃ!!」
「ふっ!!」
目をそらしたその瞬間を狙って伸ばされた根地先輩の手はすんでのところぎりぎりで空を切る。
危ない危ない、根地先輩は想像しているよりも腕が長いし、伸びるんだよね……と思っていると、まだまだ甘ぁぁいと腰を落とした根地先輩が私の懐めがけて突進してきた。
これは……、避けきれない! と思った私は両手を広げて根地先輩をこのまま受け入れる姿勢を取る。根地先輩はそのままの勢いで懐に入り込んで抱きしめてくるか、と思いきや私のことを一瞬抱きしめた後に、くるりーんと声を発したかと思うと、一瞬で離してくれた。
はあ、助かった。あのままぎゅっと抱きしめあってしまえば下手すればバレてしまう……いくら、男装用の衣装でがっちり身体を固めてるとはいえ実際に触れられてしまえばどこまで探られてしまうかわかったものではない。
疑われないためにこういう行動をとったとしても、致命的になりそうな行動は避けなきゃいけない。
「もーそのへんにしとけ、クロ。意味わかんねーから」
笑いながらフミさんが突然はじまったデスマッチに待ったをいれてくれる。その待った、に、異議ありぃ!! と根地先輩は声を張りあげて抗議をしていたけれど、白田先輩も「いい加減にしてくださいよ」と怒ってくれたおかげでこの日、突然行われた根地黒門VS立花希佐のクォーツタイトルマッチは引き分け、となったのだった。

たかさか
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