どこにも帰らない(トキ春)

  • シャニライのトキ博士のメガネと手袋が春歌ちゃん好きそうだなーと思って書いた昔のトキ春です

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お互いの仕事へと向かう。黙々と長い打ち合わせと、曲調整をするためのレコーディングに同席して、それから……と集中して仕事をしているうちにあっという間に、約束していたトキヤくんとの時間だ。私はやっと仕事が終わった、よりも何より彼に会えることがたまらなく嬉しくて、軽い足取りで現場に向かった。

「あっ、七海ー!」

私がお疲れ様です、と挨拶しながら撮影現場に入ると、一番最初に姿を見つけてくれた一十木くんが、ぶんぶんと手を振りながらこっちだよーっと声をかけてくれる。

「一十木くん、お疲れ様です」
「あ、いえいえ、どうも。お疲れ様です」

二人で他人行儀みたいな挨拶をしていると、少し離れた場所で映像チェックをしていたトキヤくんが「全くあなたたちは何をしているんです」と声をかけてくれたのがわかった。

「だって、七海だよ~、なんていうか懐かしくて。それにあんまし七海変わってないし。あ、でも私服ってあんま見たことないかも。かわいいね」
「えっ。あ、はいっ」
「音也」
「何、何でトキヤ怒ってんの? あ、俺またなんかミスってた?」

焦った様子で一十木くんも、映像チェックに加わる。トキヤくんは別に、そういうわけではありませんが、と前置きして……、と、彼の姿を改めてみると、白衣で、しかも眼鏡をしている。

「これ以上チェックしてもとくに気になるところはないでしょう。後はこれからも翔がセリフを噛まないことを祈るばかりですね」
「う、うるせーっ! お前が演じるキャラクターがあんまりにアンポンタンなこと言うからつい、セリフがつんのめっちまうんだろうが!」
「あんぽんたん。トキ博士はあんぽんたんではありませんよ」
「真面目に否定するなよ」

あぁ調子狂うなぁ、という様子の翔くんも、あまり普段と変わっていない様子。卒業してからも変わらないメンバーで一緒に仕事をしているのを見れるのって、なんだかとても嬉しいです。

「さて、チェック終わりですね。四ノ宮さんは?」
「先に衣装着替えてきますー、って楽屋に戻っていったよ。トキヤもそろそろ着替えたら? まあ那月や翔、俺と違ってそんなに面倒くさい衣装じゃないか最後に着替えるでもいいかもだけど」
「まあそうですね。白衣なのですぐに脱げますしね」

では先に帰る支度をしますか、とトキヤくんが周りに向かって、先にあがらせていただきますと声をかけていく。
その様子を見た一十木くんが不思議そうに「あれトキヤ、今日早くにあがるんだね」と声をかける。

「ええまあ」
「いっつも最後まで残って色々やってんのに。珍しいなぁ。あ、彼女がきてるから?」
「音也」
「な、なんでまたそんな怖い顔するの」

うわ、おっかないという表情が、声がすでに出ている一十木くんは、俺も衣装着替えてこよう! と怯えた様子で、楽屋の方へと走っていった。

残された翔くんと私とトキヤくん。……、一十木くんへの態度を見て、彼が今日、仕事前にいっていた「勘ぐられてしまう」ということを思い出す。

トキヤくんが一瞬こっちをみて、もちろん、勘ぐられてしまう、ということも念頭にはあるものの、何しろ普段はされていない眼鏡が……それに、白衣が!! かなりお似合いすぎて、もうどうしたらいいのかわからないので、ひとまず視線だけは合わさないようにしようと思いっきり目をそらす。

その様子を? といった様子で翔くんに見られているのが、すごく気まずくて、翔くんは「はぁ――ー」とため息をついた後で、じゃあ邪魔者は退散すっかあ、とぼやいてすぐにそのままとぼとぼ歩いていった。

「まあ。付き合いが長いわけですし。彼らには隠しているわけではないですからね……」
独り言のようにつぶやいた後に、また私の方に視線をくれるトキヤくんからの、視線を、合わせないように再びそらす。
「……?」
「あの、あの、私、先にその、外で!! 待ってま、」
「仕事のことで話がありますので。楽屋に行きましょう」
「……は、はい」

視線は合わなくても、彼の声はよく聞こえる。必死に逃げようとはしたものの、そのままトキヤくんに連れられて、楽屋に入る。
楽屋前に掲示されている名前を見て、(一人の部屋なんだな)と思っていると、そんな私の考えを見透かしたように、「今回は一人部屋です。むこうは三人一緒ですが、それは単純に前後の仕事の都合ですよ」と言う。

「なる、ほど……」

トキヤくんが楽屋にある椅子に座る。軋んだ音が部屋の中に響く。それから眼鏡のツルに手をかけて、眼鏡をはずす仕草をしたところで手を止めて、また眼鏡をかけてしまう。

「そんなに私を見て。どうしたんですか」
「え!? み、見てません……」
「おかしいですね。……いつも以上の視線を感じたのですが」
「それはその。トキヤくんの言いつけを守って……」
「二人きりなのに?」

そんな!! そんな眼鏡をかけて、見下ろすように微笑まれてしまうと、しかも、突然、そんな風に、だだだ、だって、トキヤくんが、勘ぐられないようにっていったのに、どうしてこんな、こんな……、

「そ、そんな、も、もう見ないでください」
「はい? 見ないで? ……なんですか、何か嫌なことを言ってしまいましたか」
訝しげな様子でトキヤくんが椅子から立ち上がって、自分のそばまでくる。ああ。近くで見れば見るほど、すごく……その、素敵です……、と思っていると、「素敵?」と相手の反応が返ってくる。
「は、……」

無意識に「素敵です」と思っていた心の声が出ていたようで、顔が真っ赤になる。うそ、は言ってないけど、こんな風に本人に伝えることになるなんて、一生の不覚……。

「素敵とは?」
「あ、う、だから一ノ瀬さんの、そのお姿がとても、……素敵、です、か、か、かっこいいんです!」
「……、どのあたりが?」

一歩、一歩、いつの間にか目の前にいる、一ノ瀬トキヤという人に気圧されて、後ずさっていくうちに壁の感触が背中にぴたりと伝わってくるのがわかった。逃げ場がないという経験をするのははじめてで、ちょっと泣きそうになる。

「あぅう、、あの! 意地悪、してますよね?」
「いいえ。私は意地悪なんてしませんよ」
「してます。してますしてます……うぅぅう、冗談はやめてください……」
「それはこちらのセリフです。これ以上、そのような反応をすると冗談では済まなくなりますよ」
「……え、」

ふっと熱い吐息が耳にかかる。あぅ、と声を漏らすと、それに反応したかのようにトキヤくんの鼻先が強く首筋あたりに触れて、舌先でぺろりと舐めあげられるのがわかった。

「や、や、やだ、そんなところ舐めちゃだめ」
「どうして? どこか具合が悪いのでは?」
「わるく、わるくないです、どうしたの、トキヤくん……」
「……ですから、その反応が私をおかしくさせるんですよ」

無意識に自分の表情を隠そうとして振り上げた腕を掴まれる。そのまま壁に抑えつけられたまま、近づいてきたトキヤくんの唇が、自分の下唇をはさみこむ。
ちゅ、ちゅぅ、と吸い付くような音がして、それが確認のキスだとわかった後にはもう、塞がれてしまう。「舌、出してください」と早口で言われて、言われようにすると、彼の舌がまたたく間にいやらしく絡んでくる。

「ん、あ、……はあ……」

時々与えられる呼吸のタイミングで、彼と視線が合う。でも、目が合ったと認識するたびに、彼から激しく求められて、身体中が熱くなっていくのがわかる。「はる、か」かすれるような声で名前を呼ばれるだけでジンジンして、何かが溢れていってしまいそうになる。

「私のどこが素敵だと思ったんですか?」
「あぅ、あ、あの、眼鏡が……」
「眼鏡ですか……他は……?」
「白衣、も、なんだかすごく素敵です」
「君にはそういう趣味があったと?」
「しゅ、趣味? よくわからないですが、普段とは違う、トキヤくんがすごく好きです……」
「ダメですよ、本当にいい加減にしないと、ここで最後までしたくなってしまいます」

最後? と言われて、黒い手袋をした彼の手先が自分の太ももあたりに触れたのわかった。触れた視線の先にある、彼の黒い手袋を見て、「その手袋もだめです……すごく、素敵です」というと、彼は「まったく」と笑って、褒めたその手先が何かを探しているのがわかって、私は焦る。

「トキヤく、ん、ダメですよ、こんなところで」
「この衣装の私が好きなのではないのですか?」
「そ、そういうのではなくて。第一、トキヤくんは素敵です、かっこいいですと言われてるのには慣れてるはずですよね……」
ぴたり、と彼の手がとまって、またその綺麗な顔が間近に迫る。……でもさっきまでの少し楽しそうな表情とは違って、少しせつなそうな表情で彼は言う。
「……、あなたの言葉は特別なんです」
「……」
「自分に対して嬉しい言葉をかけてくれる人はきっと、他にもいる。おこがましいことかもしれませんが、心得ているつもりです。でも、あなたが、春歌が私にくれる言葉は、誰のものとは違うんです」
「違う?」
「大好きな人に、こんなことを言われたら、誰だって嬉しいにきまっているでしょう」

ずっと押さえつけられていたけれど、ここでぎゅっと抱きしめられる。……、ああ、……ええと、そういえば、トキヤくんとこんな風に抱きしめ合うことってあまり、ないかもしれない。

「嬉しいって、思ってくれるんですね」
「何を言ってるんです。当たり前です」
「いえ。その……伝えてよかったなって、思います。かっこいいです。素敵です、……大好きです」
抱きしめられた腕の間から顔をだして、彼のことを覗き込む。そして両手で眼鏡を掴んで、「眼鏡をかけているトキヤくんも」それから眼鏡をあげて、素顔のいつもの彼を見て、「ありのままのトキヤくんも」それから一呼吸おいて、自分からキスをして「どちらも大好きです」と伝える。
「……、やめてください」

いつもだったら怒ったり、呆れたりするようなときに出すこのセリフも今は、脱力しかけたような頼りない声で。

「そんなことを言われたら、あなたから逃げ出せなくなる」

ぎゅっと、抱きしめられる腕の力がこもる。線が細いようにみえて、しっかりとしている彼の身体の形が伝わってくる。ぬくもりも。全部。ああ、この人のことを好きになってよかったっていう、安心感が身体全体に伝わってくる。

そうしているうちに楽屋のドアがごんごんと乱雑に鳴らされて、彼の腕がばっと離れた。その機敏な動きに寂しさと、感心とが入り混じって複雑な気分になってしまう。

「トキヤー、トキヤ、帰ってないの? あがるんじゃなかったのー?」
お前、やめとけっていう翔くんの声が聞こえて、楽屋の扉を叩いたのは一十木くんだとわかった。今度の「ハァ」というトキヤくんのため息はいつもの、呆れ返ったような声で、「なんなんですか、もう……」と言いながら扉を渋々開くその姿は、嫌がっているだろうに、それでも相手をしてしまう、トキヤくんなりの優しさで、そういうところも含めて好きだなあ、と感じてしまうのだった。

「あ、七海もトキヤの楽屋にいたんだ」
「あ、あ、え、あ、はい」
「どうしたの、すごくニコニコしてたよ?」
「いえいえいえ、なんでもないっていうか」
「ていうか?」
「音也」
「うわ、またトキヤ怒ってる……。せっかく七海もいるんだし、みんなでご飯食べにいこうよって誘いにきたんだけど」
「いえ。今日は予定がありますので」

きっぱりと断るところも容赦ない……というか、別にご飯いっても大丈夫だったのに? と思ってトキヤくんを見ると、「音也を甘やかさないでください」と言われてしまい、「え、え、あ、はい」と答えるしかなかった。

ちえーと残念がる一十木くんたちと別れて、帰り道にタクシーを拾い、まずは自分を寮まで送り届けてくださるとおっしゃるので、近くで降ろしてもらい、二人で夜道を歩いていると、トキヤくんは、小道具として使っていたはずの眼鏡の手入れをしながら、「あなたが喜ぶのなら、眼鏡を買うのも悪くないですね……」とつぶやく。

「えっ、……あの、は、白衣と手袋は……」
「それは普段着には出来ませんから」

あっさりと却下されてしまい、ですよね、と笑っていると、トキヤくんは「二人きりのときに着るのであれば構いませんよ」と言う。

「ほ、本当ですか?」
「えぇ、そのかわり」
「そのかわり?」
「そのときは必ず私の言うことを聞くこと。もちろん、何をするかはお伝えしませんが」
「えっ。へ、変なことではないですよね?」
「……、変なことを考えていたんですか? 困りますね……」

ほー、とまた意地悪な表情でこちらを見るトキヤくんに、「変なことなんて考えてませんっ」と主張をすればするほど、はいはいわかってますといなされてしまい、あぁ私はこの人に一生かなわないのでは……と思ってしまう。
寮に無事にたどり着き、玄関前で鍵を開けてから、はっと遅すぎた気づきに後ろでこちらを見守っているようなトキヤくんに、私は言う。

「ところで、今日は予定があるって仰ってましたよね。すみません。私のことを送っていったら予定に遅れてしまうのでは……」
「……それは本気で言っていますか?」
「えっ? でも一十木くんがご飯にいこうって仰ったとき、予定があると……」
「あなたは今日の続き。しなくてもいいんですか?」
「え、」
「今日の予定については、部屋の中で話しましょう」
「ト、トキヤくん……変なこと考えていませんか?」
「……、またあなたは変なことを考えていたんですか。困りますね……」
「で、ですから!!」
「あなたの希望に、今日は応えるといっても?」

伸ばされた手には、見覚えのある黒い手袋が。その指先が頬を撫でて、また一歩、押し出されるようにして、後ずさっていく。
気がつけば眼鏡をかけた彼がこちらを見ていて……、ゆっくりと玄関の扉がひとりでに締まっていくのを見終える頃には、さっきの夢のつづきが始まっていた――

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