見られている、とそう思った。
舞台上で視線を集めるのも、プライベードで興味本位の視線に晒されるのも不本意だと白田はそう思っていた。
だから出来得る限り、目立たないようにしようとしていたし、面倒事に巻き込まれるのもイヤだから最低限のことをきっちりやることで、それ以上踏み込まないという境界線を足元に、砂に足で線を描くように……、そう区切っていた。
(木枯らし……)
風がひゅっと吹いたかと思うと地面で寝ていただけの色とりどりの葉がそれに攫われて流れていく。
海なんてどこにも見えないのに、まるで海の引き潮みたいだな、と思った。油断をしたら足元をすくわれて、遥か遠くに流されてしまう。美しいように見えて、それは足元に丁寧に絡んで自分を離さない。
冷たい風が吹くともっと本格的な冬がこれからくるのだと教えてくれる。
暑いのは嫌いだし、だからといって寒すぎるのも嫌だ。それでも冬は、とくに冬の朝はシンとしていて静かで、その静けさが白田は好きだった。
視線が消えない。
敏感になっているだけなんだろうか。人がいないのを狙って日が登る前の早朝に出てきたから誰もいないはず。だからあの木の葉が攫われていったのを目撃したのも僕だけだし、今吐いた息の白さを知っているの僕だけだ……。
少し寒さでかじかんだ指先を、今年引っ張り出したばかりのコートのポケットに突っ込みながらそんなことを考える。
最近色んな人といることが増えたから、できれば一人になる時間が欲しかった。
一人じゃ何もできないなんて、この数ヶ月ずっと味わいっぱなしなのに、それでも一人になりたいなんてどういうことなんだろう。
一人になりたいと思う一方で、外の冷たさに頬が触れたり、ポケットの中の手がいつまでも温まらないのを感じるだけで、どこか寂しさを感じてしまう。
今まで一人でいることにあんなにホッとしてたのにな。
一歩、踏み出す自分の足を目で追いながら歩いていく。ユニヴェール内の中庭を抜けて、もっと外へ。ここでなら自分の理想を追いかけられる。逃げ出すようにやってきたこの場所も、永遠にいられるわけではない。そんな当たり前のことわかってるのにな……。
また、一歩踏み出す靴先を見ながら歩いていると、その靴先を追いかけるように、灰と白が混ざりあった毛並みをした毛玉のような物体が走ってきた。
「うわ……猫…」
白田は文字通りに息を飲んで、急に飛び出してきたその毛玉の物体を見る。その声に反応して、毛玉もくるりと振り向いて、真っ黒に染められたつるつるの瞳を向けてくる。
「もしかして、僕を見てたのってお前?」
「……」
猫は返事をすることなく、白田をじっと見る。
確か、見つめ合うと喧嘩になるみたいなことを前にカイさんから聞いたことがある。じっと見られることには慣れていたけど、じっと見つめ返すことがうまくできない白田は、猫とはきっと喧嘩ができない。
「はぁ」
負けた、というように瞬きをすると、そのため息にあわせて猫がまた歩きだす。
行く先はどこなのか、お互いに目的を決めてない散歩に歩調をあわせて歩いていく。
遠くからしかいつも姿を見ることができなかった猫との散歩に少し気をよくしながら、白田はあてもなく歩いていく。
このまま一匹と一人で歩いていったら、どこまでも行けてしまいそうだ。
それはきっと、目標が何もないから。
ただ歩くのと、そこへ向かうのとは違う。一年を彩る季節はユニヴェールにいると新人公演、夏公演、秋公演、冬公演……、そして最終であるユニヴェール公演へと呼び名が変わる。
こんな風にどこにいくかもでたらめな散歩ではなく、僕たちは確実に……、そこへ行きたいと望んで、いつも次の公演に望んでる。
(歩いているようで、ぐるぐる回ってるだけなんだよなぁ……)
そろそろ人が増えてくるだろうから帰りたい……と思っても、白田の気持ちをお構いなしに猫は歩いていく。
別についてこいと言われてるわけでもないのに、無意識にこの猫の後ろ姿を追ってしまう。
猫ばかり見て、無言で追って、傍から見たら変な奴に見えるだろうなと歩いていると猫がピタリと足を止めた。
「あれ。猫だ」
見知った声がした。
丁度朝日が登り始めて、とても眩しかった。視線の先が白んで、太陽が影を切り取ってその人が誰であるかを教えてくれないけど、白田にはすぐわかった。

たかさか
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