「あ、白田先輩っ」
ようやく太陽がその眩しさを抑えて、その人が誰かを教えてくれる。
物珍しそうに猫を見ていたその瞳はすぐに白田を見つけて、優しく微笑んだ。
「お前、こんな朝早くに何してるんだ?」
「朝練ですっ」
「元気だな……」
「白田先輩は?」
「……、僕は……」
聞かれて、白田は猫を見る。また、じっと白田を見つめていたその猫は、毛ムジャラに覆われている自分の手をぺろぺろと舐め始めた。
「はぁ」
その姿を見てため息をつくと、猫は頷くようにしながら、ちらりと白田を見る。それから前を向いて、ついてこい、というように歩いていく。
「……?」
その様子を不思議そうに見ていた希佐は、これは……なんだろう? とわかりやすくはてなを飛ばしているのがわかる。
「見てわかるだろ、散歩だよ」
散歩以外の何があるものか、と白田はまたあてもなく歩きだす。へぇ、というようになぜか納得しているように白田と猫の姿を興味深そうに見つめる希佐に、「お前もついてくる?」と白田が声をかけると、「はいっ」と弾むような返事が返ってきた。
一つ公演が終わればすぐ次に。でもその繰り返しはいずれ、終わる。
たった三年の短い間に一体何が残せるのか。
太陽が射すと自然と外もあたたかくなってきた。ポケットにつっこんでいたかじかんでいたはずの手も今はもうそんなに冷たくない。
さっきと同じように歩く猫と、今は隣を歩く希佐を気づかれないようにちょっと見たりしながら、白田は散歩を続ける。
「もうすっかり葉が落ちてきましたね」
「そうだな……寒くなってきたもんな」
木々の変化に冬の訪れを感じるのを、さっきまでは一人で感じていたのにこうして声をかけられるとまたあらためて違うものかのように、しみじみと感じられる。
いつもは歩かないような道を猫に導かれて、二人でぱたぱたと歩く。
その先々で希佐は小さな変化を見つけては、「見てください」と白田に声をかけて、ほらと共有する。
一人で歩いてたら、気づかなかったことばかりだろうに、二人で歩くと、こうも違うのか。
ああ、二人、じゃなくて二人+一匹だった、と忘れてはならない散歩の先頭に立つ毛玉のことを思い出して白田は目線を向ける。
灰色と、白と……、よくみたらお腹のほうには黒の模様もあるのか? そんな新しい発見を猫に見出しながら何も考えずに歩いていると、通り道にそって風が吹いた。
「冷たっ……」
希佐がきゅっと目を閉じた。やはり建物の間を通るとビル風じゃないけれど、強い風を受けることがある。
「大丈夫か?」
白田が声をかけると希佐は「びっくりしました……」と笑った。それからすぐにあぁ、と悲しい声をだしたものだから、白田はますます心配になって、「なんだ、どうした?」と矢継早に声をかける。
「猫……。私が大きい声をだしたからかな。行っちゃいました……」
二人の先頭を歩いていたあの毛玉はもういない。風が吹いた一瞬でどっかにいってしまうなんて、今朝歩き出した頃に見た木枯らしでもあるまいし─……。
それにまだ、視線を感じている。
白田は辺りをぐるりと見回して、視線の正体を見つけると希佐に「ほら」と声をかけた。
「あ。いた」
「でも、もう散歩はおしまいみたいだな」
無心に追い続けていた、足を止める。足の動きと一緒に追いついてきた靴音も消えた。少しまた見つめ合う。何の合図もなく、猫は今度は追いつかれないようにと姿を消してしまった。
「行っちゃった……」
さっきまでの歩けば追いつけるくらいの足取りと比較してのあまりの速さに、希佐は素直に驚いていた。
「行くか」
「はい」
ちょっとさみしそうな希佐に声をかけて、また歩き出す。
「気づいたら、二人だけになっちゃいましたね……」
「あぁ」
──それも、悪くないよ。と白田が言おうとして、今度は小鳥が囀っているのが聞こえてくる。
そんな鳥の声を聞きながら、希佐は鼻歌を歌ってる。
木々の隙間から漏れ出した木漏れ日の上をステップを踏むように歩きながらリズムをとって、楽しそうに。
自由を求めてユニヴェールにきて、もっと自由になりたくて色んなものにいつの間にか縛られていた。
でも今日猫を追いながら二人で歩いていた時は、少しだけ自由だったと、そう、感じた。

たかさか
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