目が合うと彼女はビクッと肩を震わせてから(違いますーっ)と心の中で叫ぶようにして、どこかへと立ち去ってしまう。
あれ、七海さんじゃない? という声を聞いて本人へと視線を移すと、オープンスペースでの打ち合わせでも見られていたり、事務所の共有スペースでも視線を感じる時がある。
誰かに見られることに音也は慣れていたけれど、こんな風に彼女からの注目を集めるのは初めてだ。
チャンスがあったら逆に話しかけようと思うのに、声をかけようとすると(ごごごごめんなさーい!)というように彼女はすごい勢いで立ち去ってしまうのだ。
(七海って案外、逃げ足早いんだな~)
髪を靡かせながら去っていく彼女の後ろ姿に見入る。
どうしてこんなことになっているのかよりも、彼女自身の姿に音也は魅入られていた。
(とはいえさすがに、こんなに見られてるのに避けられまくったらめちゃくちゃ気になる)
元々気にはなっていたのに、こんな態度を取られたら気になってしまう。
そもそも悪意があってこんなことをする人ではないことを知っている分、余計だ。
何かしたいことがあって、こうなっているのだろうけれど、何がしたいのかさっぱりわからない。
「そりゃデートに誘うとか……そういう声かけ狙ってるのかもしれないわね」
七海春歌の一番の友人といえば──、渋谷友千香である。
シャイニング事務所で打ち合わせが終わり、ちょうど会議室から出てきたところを音也から声をかけられ廊下での立ち話がはじまる。
春歌のことといえば、友千香がよく知っている。
ただ、音也が関わっていると話せば春歌に何かをしたと一方的に怒られるような気がしたので、音也は春歌に付け回されている男は自分自身であることは伏せて、友千香にこの事態を相談したところ、返ってきた答えは意外なものだった。
「でぇと!?」
「そうよぉ、春歌ってば超奥手なんだから、そんな奥手な春歌が男にまとわりついてるなんてそんなことがあったらさぁ」
「……えー……」
え、つまり、七海は俺をデートに誘おうとして!?
「あっでも相手が音也とかだったりしたらクレーム入れたいんかも」
「クレームぅ!?」
「そうそう、今みたいに声がデカすぎて打ち合わせ中、最悪だったとか」
耳のあたりを引っ張りながら、不機嫌そうに友千香が自分にクレームを入れているのだと音也は気づいて「俺、声でかい?」と確認すると、デカすぎと友千香からさらにクレームが入った。
女の子っていうのはね、繊細なのよ……とため息をついた友千香はすぐに表情を変えて「それで。春歌が気にしてる男ってのは誰なの」と音也を逆に問い詰めはじめる。
「えっ。……さ、さぁ……」
なんか話が大事になっちゃった気がすると目を泳がせながら曖昧に答えると、友千香はその様子を勝手に理解して、うんうんと頷いてる。
「てかテレビ局とかに出入りしてるっていうならなあ。俳優? それとも芸人? 業界人相手にするのは春歌にオススメしたくないなあ」
だってあのコ、全然擦れてないのよ、こんなドロドロした業界に免疫がないわけなんだから、そんな相手に夢中になってほしくないんだよなーと友千香は言いたい放題だ。
ただその声色や言動の端はしからは、一番大切な親友のことを本気で心配しているのだということが音也に伝わってきた。
「友千香は、七海に彼氏できたらどうするの」
「は? まず会わせろって言うでしょ。そんで問い詰めるわよ。このコのどこが好きになったのか、どれくらい本気なのか、遊びのつもりじゃないのかとかー……」
つまり俺が七海とそういう関係になるとしたら、友千香にこんな風に詰められるんだなあ、覚えとこ……と音也はこのやりとりを胸に刻んだ。
「さて、あたしはそろそろ次の撮影に移動しないとな……あ」
いつの間にいたのだろう。
七海春歌が、音也と友千香のことをジッと見ている。友千香はその様子に気づいたけれど、すぐに移動しちゃうから今は声かけられないわとがっかりした顔で音也に「春歌によろしくいっといて」と一言だけでつげて、次の現場へと移動をはじめてしまった。
取り残された音也が春歌を見つめる。
いつものように逃げちゃうんだろうなーとのんびり見ていたら、気づけば七海春歌が至近距離にいることに気づいて音也は「あれ」といつもと違うと驚いた。
「一十木くん。そそそ、その、お時間、今ありますでしょうか……!」
意を決したような春歌の一言に、音也はつい先程の友千香とのやり取りを思い出す。
(もしかして俺はデートに誘われて、告白されてしまうのかもしれない……!)
泳がせた視線の先に入るのは、さきほどまで友千香が打ち合わせのために使っていたシャイニング事務所の会議室だ。
「おおおお、お時間あるよ、七海、ここで話していこう!」
「えっ」
ここで!? というように驚いた様子の春歌を尻目に、つい彼女の手首を掴んでそのまま会議室へと音也は彼女を連れ込むようにして入り込んだ。
手首を掴まれて、二人きりの密室に誘い込まれた当の春歌はといえば、本当に困っているという表情なのがわかる。
そうだよな、わかるよ、俺だって七海のことデート誘うぞ~って決意するのはすぐだけど、いざ声をかけるとなると緊張しまくるかもしれない。そんなことを音也はぐるぐると考えている。
「あ、あの……一十木くんに渡したいものが……ありまして……」
ごめんなさい、物を取り出したいから手首離してもらってよいでしょうかと離すことを求められて、ようやく手首を掴んでいたという事実に音也は気付いた。
「うわっ。ごめんつい。無意識! 触ってごめんなさい」
「あ、はい」
気にしてないというように笑顔を見せた春歌にホッとする。つい早とちりな行動をしてしまった。勝手な妄想ばかりをしていたことが恥ずかしくなってきて、とにかく今は春歌の渡したいとするもののことを音也は考える。
渡したいもの……きっと楽譜かな。彼女はよく、メンバーそれぞれに書いた楽譜を直接渡してくれる。
そして、自分のパートについて、歌い方やメロディラインなどの相談が始まるのだ。
「これなのですが」
「?」
春歌に手渡されたもの。楽譜ではない、紙じゃない。
カレー……の形をした、キーホルダー……?
「えと、見てください。暗くなると光るんです、このカレー……」
「あっ。発光するの?」
どれどれと彼女から手渡されたカレーのキーホルダーを暗くするために二人で手で覆った。
会議室が明るすぎて、少しわかりづらかったけれど、教えてもらった通り、ほわほわとした様子でカレーのキーホルダーは光っているようだった。
これは、何。
まったく意味がわからなすぎて、素で聞きそうになるのを音也は抑えた。
このカレーのキーホルダー、何。
お、俺にくれるってこと? 何。
「あの、実は少し前に打ち合わせで遠出したんです。……そこのお土産コーナーでこれみつけて」
「これを」
「カレーだって思って。一十木くんだって」
「……あーっ。あぁー!」
なるほどね、俺ね。カレー=俺。春歌はこの暗闇で光る謎カレーキーホルダーを見て、音也のことを思い出して、そしてお土産に購入し……渡したかったということなのだと音也は瞬時に理解した。
「わー。ありがとう! 七海からお土産もらっちゃった。自慢しよっと」
「待って!」
お土産ってことは、春歌は全員に対して何かしらのお土産を用意しているはずだ。
他の皆がどんなものをもらったのかはわからないけれど、俺が七海にもらったカレー光るんだぜってなぜか今すぐ自慢したくなってシャイニング事務所の休憩室なら誰かしらいるだろうと向かいかけたところで、今度は逆に春歌に手首を掴まれて静止された。
この場に留められて、自慢するのがだめなのかと音也は少し不満げな声で訴える。
「え~! だってこのカレー、めっちゃ光るよ。自慢したい!」
「……いいい、一十木くん、あの、あのですね」
「うん」
このカレーを自慢することに春歌にどんな不都合があるのか想像もつかなくて、音也は何? と理由を促す。
「お土産……一十木くんにしか買ってきてないんです……」
「え」
「あの、その、慌てていて……一十木くんにあげたいって思って、買って満足してしまい……」
「……あ、え、俺だけにくれるってこと」
「最初からその、一十木くんにお土産は渡したいって思ってたんですけど……」
「はー……あ、俺に」
「いいい、一十木くんにだけです。お土産渡してるのっ」
「え、あ、はい!」
わかるよね、というよりも、わかってくださいというどこか必死な表情で自分を見つめる春歌の勢いに圧倒されて、つい音也は敬語で答える。
「……いいい、いい、一十木くんにだけですから!」
まるで捨て台詞かのように、その言葉を繰り返して、春歌は顔を真っ赤に染め上げながら、会議室を飛び出していった。
ここ最近の目があったら逃げていた時と同じように。
音也の手元に残ったのは、光るカレーキーホルダー。
「あー……あー…あー…」
デートに誘われるとか、告白されるとか。
過度な期待ばかりをしていた自分のことが、急激に音也は恥ずかしくなる。
恥ずかしくなると同時に、あんなにテンパって物渡す七海、初めて見たとなんだかおかしくなってきた。
一十木くんにだけですから。
彼女が残していったこの言葉が、たまらなく心地良い。
七海、俺、勘違いしちゃうよ。いいの? って次に会ったら確認しなくちゃな。
光るカレーだし、自転車とかにつけたら、反射板みたいになって便利かな。
そこまで発光量はないか。だとしたら、いつでも目に入る位置につけちゃおうかな。これを見て何度でも勘違いできるように。
(どっかにトンカツのキーホルダー売ってないかな。七海にお礼にプレゼントして、二人で一緒にしたらカツカレーとかになって面白いよね)
七海もこんなふうに、色々考えて俺のお土産選んでくれたのかな。それってなんか最高!
今日もたくさん仕事があるけれど、どれもこれも気合をいれて挑めそうだと音也はつけたキーホルダーを眺めながら微笑んだ。

たかさか
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