SIDE:HARUKA
今日は大切な仕事の打ち合わせがあるんだ、と音也くんは言っていた。
最近は本当にいろんな仕事が周り巡って入ってくる。音楽を中心にした仕事がもちろん多いけれど、アイドルは本当にそれだけではなくて、ドラマやバラエティ、取材にいったり雑誌のグラビア撮影、聞いたことがないような内容での営業周り、本当にいろんなことをよくやっていると思う。
駆け出しのアイドル、だからこそたくさんの人たちに見てもらえる機会を増やすべし、とわたしたちが所属しているシャイニング事務所社長のシャイニング早乙女社長はよく言っていた。
まずは何でもよいから顔を売れるテレビやドラマに積極的に出るのだと。
知ってもらってこそナンボ、という方向性もわかるからこそ、最近は曲作りよりもそうした露出面での仕事が増えることはわかっていた。
そうした経緯もあって、音也くんとの新曲づくりという名目はまだあったけれど、具体的な発売日やタイアップが決まっているという「仕事」としてのものではなかった。
わたしや音也くんが「曲作り」がしたいからそれをしているのであって、その曲を表に出せる機会については、具体的には何も決まってなかったのだった。
テーマも、予定もないけれど、やはり音也くんの曲を作っていると心が暖かくなる。
自分がピアノで書いた少しのフレーズを、彼がまたギターで弾いてくれて、さらには声まで乗せてくれるとなると、ワクワクが止まらなくなるのだ。
今日は大きな仕事の打ち合わせがあって、それが終わったら部屋までくるよ、と音也くんはいっていた。最近は期間限定で出ていたバラエティの仕事も終わってしまって寂しいけど、また違う仕事をもらえるならそっちを頑張るからね、と気合をいれて話していたことも思い出して彼の帰りを待つ。
夕方すぎ、自分が想像するよりも早く彼はやってきたようだった。
仕事が終わる前にメールをいつもはくれるのに、今日は報告のメールもなく、チャイムが鳴って出ると「きたよ~」という声が聞こえてきたのでびっくりして応対する。
「音也くん、打ち合わせもう終わったんですね」
「うん……」
ちょっと元気がなさそうな返事をした彼が気になって、わたしはいつもより慌てるようにしてインターホンの受話器を置き、すぐに玄関に向かった。
玄関に向かう通り道からは少しひんやりとした空気が漂っていて、自分の感じた不安をより強調させる気がした。
扉を開けると、「や」といつもの様子で音也くんが立っていた。
インターホンを通じて聞いた彼の元気なさそうな声は杞憂だったのかもしれないと思うほど、直接会った音也くんは普段と変わりのないように見えた。
「いきなり来ちゃってごめん」
そんな風にバツが悪そうに謝る音也くんが珍しくて、「わたしも待ってましたから」と答えると、すぐに元気そうな声で「本当っ?」と返事が帰ってきた。
俺のこと、待っててくれたんだね~ありがとう~と、玄関先で頭をぽんぽんと撫でられて、それから自然に身体を抱き寄せられる。
「やっぱり会えなくなるのは嫌だよ……」
最初は優しく感じるだけだった彼の抱擁が急にきつくなって、どうしたの? 聞いてみるけれど、彼の返事はない。ただ玄関先で、抱きしめられ続けられながら、わたしは彼の背中に手を回していく。
いつもは感じる愛情よりも寂しさから離れたくないと伝わるような、いつもとは違う抱擁に愛しさと切なさを感じながら、気持ちが落ち着くまでわたしたちは玄関で、それから言葉も交わさずに抱きしめあったのだった。
どれくらいそうしていたのだろう。無言のまま音也くんと抱きしめあっていると、時間が無くなったかのように思えた。
つい、わたしが小さな声で「音也くん」と彼の名前を呼ぶと、何かに気づいたかのように音也くんは両腕からわたしを解放した。
「うわ、ごめん……」
やはりいつもより言葉少なの音也くんが気になって、もう一度何があったかを聞いてみたくなるけれど、今は一緒に部屋の中まで入ろうと、行きましょう、と彼を連れてリビングにむかった。
「今日待ってる間に、色々新曲のフレーズ考えていて」
音也くんが喜んでくれるような話題を探すと、いつだって作っていた曲の話になる。ピアノの前に座ってから衣服を一度正して、さっきまで弾いていた曲のフレーズをもう一度鳴らす。
「ちょっとバラードっぽいですけど、いつもとは曲調が違う歌も聞いてみたいかなと思って。ファンの皆さんからも、そうした曲聞いてみたいって話もありましたし」
さっき弾いたフレーズのここを直したほうがよさそう、と彼に話かけながらも手元にあった鉛筆で、少しずつ訂正をいれていく。
もし、歌ってもらうのだとしたらちょっといつもよりキーをあわせるのが難しいかもしれないので、メロディが決まったら仮でもいいので歌詞をつけてもらって一度歌ってみてもらうのがよいかもしれません、と伝える。
「うん」
「あ、……ええと。この曲、あまり好きじゃなかったですか?」
反応が薄い彼から直接的な曲への感想が引き出せないことに、自分の書いた曲が彼の心を動かせなかったのだと怖くなって、聞いてしまう。
一方での彼はわたしとの問いとは違う質問で切り返してきた。
「ねえ、春歌は一ヶ月、俺と会えなくても平気?」
「突然どうしたんですか?」
不思議そうに答えると、音也くんは考え事をしていたような表情を一気に不満そうな表情に歪めて、悲しそうにいった。
「一ヶ月、海外ロケ行くんだって……。春歌も連れていきたいっていったら、それはだめだって」
物理的に距離が離れること、というのは初めてかもしれない。
学園時代からずっと距離としては側にいたし、アイドルとしての仕事をはじめてからも音也くんは忙しそうにはしていたけれど、必ず二人の時間を作って会いにきてくれていたので、「会えなくなる」と確実にわかった期間が設けられるのはなんにせよ初めてなのだ。
「俺、毎日会ってた君の顔が見れないのなんて想像できないや」
「どんなお仕事なんですか?」
「うーんと、映画だって。トキヤも一緒にでるし、すっごい楽しみな仕事なんだ」
映画。そういえば音也くんに映画の仕事がくるのは初めて、のような気がする。話をさらに詳しく聞いてみると、主演ではないけれど助演にも近い役どころだからこそ、長期の海外ロケになるのだと頷く内容で、こうした仕事での活躍を自分も絶対に見たいと思えるような内容だった。
「会えない間にも、電話やメールは出来ますし」
「春歌は寂しくない? 大丈夫?」
「わたしは……その……」
寂しくないわけがない。
けれど、わたしを理由にどこか不安そうにしている彼に向かって「寂しいです」と素直に伝えることで、彼の仕事に支障をきたすのが怖くて、つい咄嗟に「大丈夫ですよ」と返事をしてしまった。
すると音也くんは、ちょっとびっくりしたような顔をしてから、本当に? とまた聞いてきた。はい、とさらに答えると、すごく寂しそうな顔で、そう……と返事をする。
「出発はいつ頃なんですか?」
「えーと……たしかスケジュールもらったからそこに書いてあったきがする」
足元におろしたリュックから、しまいこんでいたと思われる書類を取り出して、シワの入った紙を引き伸ばしながら予定を二人で確認する。
「げ。来月だ? 今日何日だっけ」
「二四日です」
「ええ! 出発まで一週間もないじゃん。おっさんがいつでもどこでも行けるようにパスポート取っておけって言われてパスポートは取ってたけど本当に急に決まるんだな……」
「荷造りとかしなくちゃですよね」
「う、うん……」
「音也くん。仕事はちゃんと受けてきたんですよね」
迷ってるようにしながらも、彼はきっと、仕事自体は断らずに受け入れてきたのだというのはわかっていた。
わたしよりも音也くんの方がこの仕事の重大性をわかっているはずなのだから、断るなんていう選択肢はなかったのだ。それでも、わたしが何かしらの反応を見せたらわたしを優先しようとしている彼の気持ちに気づいた。
自分が寂しいという主張に何も嘘も偽りはないけれど、本当のところは、わたしのことを寂しくさせないように、それでいて「自分が寂しいから」という理由を主軸にして、もしわたしが嫌だというのなら仕事のことを考えようと思っていたのかもしれない。
「一ヶ月も離れたことがないのでわからないけれど、これから先この仕事を続けていくのだとしたら、こういうこともたくさんあると思うんです」
「うん……」
「大丈夫です。心配しないでください。わたし、毎日音也くんに電話しますから。あ、でも忙しいとかだとあれですよね、どうしようメールがやっぱりいい?」
「それより一ヶ月分のキスさせて」
「えっ!!」
「電話やメールよりも大事だけど一ヶ月キスできないことの方が俺にとって辛いから、今のうちに一ヶ月分のキスさせて」
「え!? どうやってするんですか」
予想外……、いや、今までの付き合いからみれば予想の範囲内なのか、わからなくなるような彼からのお願いにわたしはたじろぐ。
一方の音也くんはそれはそれは真剣に「だって一ヶ月だよ」ともう一度気迫のこもった声でいい、「一ヶ月も君とキスしなかったら俺は干からびると思う」ととんでもないことを言いのけた。
「え……干からびるんですか……?」
「干からびるよ……カラカラだよ!」
本人はいたって真面目に自分が干からびることを主張してきたけれど、わたしは音也くんが干からびるというところが想像できない。干からびるとしたらどんな状態になってしまうのか、自分の中で想像できる範囲内で想定しようとしても「干からびた一十木音也」はやはり想像をすることはできなかった。
「春歌成分がなくなって、きっとスルメみたいになっちゃうんだ……」
あ……、音也くんの中で干からびるの想像の先はスルメなんだ……と思う。
それでもスルメと化した一十木音也の姿のことは、やはり想像できなかった。干からびてスルメみたいになった音也くんってどんな状態なんだろう……。
「音也くんがスルメになったら、ちゃんと食べますから安心してください」
「え……干からびる前にどうにかしてくれるんじゃなくて?」
「スルメって少し炙ってマヨネーズをつけて食べるとおいしいって日向先生が言ってました。あ、音也くんお腹空いてたりしませんか。ご飯つくりますよ」
食べ物の話をしていたら自分もお腹が空いてきてしまった。音也くんはむぅうううう、と不満そうな声を出しつつ頬を膨らませてる。
「お腹は空いたけど~!!」
「スルメはないですけど、カレーなら材料あるので作れますよ」
「カレー! カレー食べる!」
部屋にきてくれてから、ずっと元気がなくて不満顔ばかりだった音也くんがようやく、綺麗な赤い瞳を輝かせてくれた。
やっぱりあんな風に落ち込んでる音也くんは見たくない。
話の流れをどうにかしてごまかしているという自覚はありつつも、笑ってくれるならと思って、「すぐに支度しますね」と声をかけてから立ち上がった。
キッチンの近くにかけていたエプロンを身に着けてから、冷蔵庫の扉を開ける。
カレー用のお肉も買っておいてあったし、野菜も昨日買い出しにいったばかりだったので十分ある。
お米を炊くための準備をしつつ、夕飯の支度をしていると、いつになく音也くんの視線が自分に注がれているのがわかった。
「今からご飯を炊くのでできるまで時間がかかってしまうかもですが……」
「あ。いや、あの、催促してるわけじゃなくて。俺もカレー作るの手伝っていい?」
「手伝っていただけるのなら、もちろんです」
返事をすると音也くんは、うんうん、やるぞー! と気合をいれて袖をまくって自分のいるキッチンに入ってきてくれた。

たかさか
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