31回のキス(音春)

  • 付き合ってから初めて長期間離れることになった音春のお話です。本に収録しようとしてボツになったやつ

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今から帰るよっ! と慌ててメールをすると「待ってます」といつもメールが返ってきた。
秒を置かない春歌からの返事に俺は苦手な飛行機に乗るのだって大丈夫だと思っていた。

帰国するにしても時差の関係もあり、結局つくのは深夜遅くになってしまう予定だった。

日中に会うことは叶わないだろうから、ドアロックを開けて置いてもらえると嬉しいなーとだけ伝えておいた。

案の定、深夜二時なんていう時間帯になってしまい「今から帰るよ」ってメールするのは可哀想だよね、と思うけれど今直ぐ会いたい! が爆発した俺は自分の部屋に直行せずに彼女の部屋へと、たくさんのお土産やらでぱんぱんに詰まったカバンやらを背負って向かう。

以前にもらった合鍵を使って彼女の部屋に入る。

……、いや何回か入ったことあるけど、それは部屋の主である彼女が出迎えてくれているからで、こうしてシンと静まり返った女の子の部屋に入るのって、ものすごい背徳感がある。

「ただいま……」

ものすごい小声で呟いたけど、返事は帰ってこなかった。寝てるよね……、部屋はメゾネットタイプになっていて、確か二階が寝室だから、そこにいるはず、と思ったところで、リビングのソファに目をむけると、そこで突っ伏して寝ている彼女を見つけてしまった。

(えぇ! 寝てる! こんなところで……)

一ヶ月ぶりに見る彼女はあまり変わってないけど、なんか、かわいい。久しぶりに会ったときに見る姿が寝顔だなんて、それはそれで嬉しいかも?

周りにたくさんの五線譜が置いてあったりしたのをみて、曲を書き直したりしているうちに寝てしまったのだろうなと思う。

お風呂に入ったばかりだったのか、ちょっとした風に乗って、やわらかいシャンプーの香りがする。よく見ると寝間着だし、寝る前に急にまた曲を書こうかなと思って作業に熱中してるうちに寝てしまったのだろう。

とりあえず、この姿勢で寝てたら体中痛くなりそう。ベッドまで連れていってあげよう……、自分の荷物をまず降ろしてから、ごめんねーっと声をかけつつ、彼女を持ち上げる。

(え、軽。また軽くなってないかな……、心配だ)

ひょいと持ち上がってしまった自分の彼女を心配しながら、そのまま階段を登って寝室へ。
あまり彼女の寝室に入ることはないのだけれど、きっちりしているところが俺とまた違うなぁと思う。

よいしょ、とベッドの上に下ろした後で、あ布団かけてあげなきゃいけないか、と思って彼女を布団に包んで見る。

ベッドの横で、肘をつきながら、彼女の寝顔に見入ってしまう。これ、何十年でも見ていられそうなくらい、心があったまる、そんな感覚だ。

「すげぇかわいい」

声に出しながらも、幸せなため息をつく。

眠ったままの彼女に、ふと悪戯心がわいて、俺は心の中で数を数えながら、彼女の全身にひとつひとつやさしいキスを落としていった。

 

二九……、三〇……、ときたところで、彼女の瞳が開いた。「おとやく」とびっくりしたような声がすぐに出た彼女に「ただいま」と俺はすぐに呟いて、三一回目の一ヶ月ぶりのキスをした。

「お帰りなさい……」

――ああ、そうか。

一ヶ月間、彼女のことを知れないことに俺は悲しんでいたけれど、一ヶ月会えなかったから、また知れる彼女の表情が、あるんだね。

いままで見たことがなかったような春歌の笑顔を初めて見た気がして、もしかしたら離れていたからこんな笑顔を見れたのかもしれないなんて、そう思った。

俺たちが二人で過ごしていく時間の中で、たとえ距離が離れていても無意味なことなんて何一つない。

未知のことでも、乗り越えてしまえば二人でこれからまた過ごしていく上でそれは確かに何か「意味」があったことなんだ。

こうして知らないことを俺たちは二人で知っていくのだとそう感じた。

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