SIDE:OTOYA
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よいお風呂でした~と顔を赤らめながら、ご機嫌そうに髪をタオルで乾かしている春歌を見る。
正直、ここ最近の春歌は根を詰めすぎなのかなと思ってた。
普段は話題にあがってくる仕事の話を全然しなくなったのもそうだし、徹夜を繰り返している様子もすぐにわかった。
どうにかして彼女のことを支えてあげたいと考えたけれど、どれが彼女にとって一番いいのかが悩ましい。
そばにいて、気づけたこと全てで、どうか今日も明日も、明後日も、これから先もずっと君が笑顔でありますようにって俺のできることで笑っていて欲しいなんてそんなことを願ってしまう。
「髪の毛、乾かそうか?」
洗面台でいつものようにお肌のお手入れが終わって一息ついた様子の春歌の背後に立って、まだ濡れた毛束を手に取った。
「あ、いえ、その、自分で出来る……」
「春歌も俺の髪、乾かしてくれることあるじゃん、たまには俺にもやらせて?」
丸椅子を準備して、春歌を鏡の前に座らせる。そしてドライヤーを手に取って、スイッチを入れた。
ぶおーっと温風が出てきて、少し離れたところから自分の掌に当ててから熱さを確かめた。これなら大丈夫だろうと春歌の髪に少しだけ当てて「熱くない? 平気?」と確認すると「大丈夫です」と返事が返ってきた。
女の子の髪にこんな風に触れるのは初めてだ。
少し濡れていて、重みがある。春を想像させる彼女の桃色の髪を指と指の隙間にくぐらせて、手櫛で整えながらブローを続ける。
「なんか美容師になったみたいな気持ちになるなー」
いつもスタイリストさんや美容師さんにセットをお願いしてる時、なんとなく鏡で動きを覚えていたから、こんな感じかなーと見様見真似でやっていると、春歌は嬉しそうに「本当に美容師さんみたいです」と微笑んだ。
「美容師役の仕事がいつきてもいいように、春歌と一緒に特訓しとこうかな」
髪の毛を乾かす時には根本からブローしていくのがいいんだよねーと聞きかじった知識を口にしつつ、彼女の流れる髪を乾かしていく。
シャンプーの香りはもちろんするけれど、それだけじゃない春歌の匂いが温風に乗って鼻をくすぐって、とっても気持ちいいなと思った。
「春歌、すごく髪の毛サラサラだね。跳ねないや」
「音也くんが乾かすのが上手なんだと思います……」
春歌が鏡を覗き込んで自分の髪型を確認して、すごいすごい、とっても上手ですと褒めてくれて嬉しい。
じゃあ次は音也くん……とドライヤー貸してくださいと手を伸ばしてきた春歌に、いいよ俺は適当で、と自分で髪の毛を適当にブローしたら、ぶわっと変な風に広がってしまった。
春歌は心配してたけど、大丈夫大丈夫! と彼女の背中を押して二人で寝室へと移動する。
もう少し話やテレビを見たりしてもよかったかもしれないけれど、髪を乾かしている間の彼女はふわぁとあくびを自然としては、いけないと噛み殺すようにしていたりして、もう眠いんだろうなということがわかってた。
ここ最近は泊まる? 泊まらない? なんていうドキドキしたYes-Noの確認も少なくなって、自然と二人で今夜は一緒にいようってなることが増えた。
段々と言葉にしなくてもわかってくるようなことが増えてくると、やっぱり一緒にいる時間が長いからなのかなとか、これから先もこういうことが増えていくのかなとか、そんなことを考える。
先にどうぞと春歌をベッドへと促して、ベッドの中に彼女が入ったのを確認してから俺も彼女の隣で横になる。
……もっとでっかいベッドを買うべきだよなあと二人で横並びになるたびにそんなことを度々思う。
元々、一人用のベッドだとしてもシングルよりは大きめのベッドだったからこうして二人で寝れるけれど、例えば春歌と一緒に住むことになったら、もっともっとでっかいベッドを二人で選んで眠りたいよなーってささやかな夢を抱いていた。
そんな考え事をしていると、春歌が俺の方を向いて、ジッと見つめている事に気づいた。
今夜は疲れていそうだったから、ベッドに入ったらすぐ寝てしまうだろうと思っていたのに、彼女は俺のことを見つめ続けている。
「どうしたの? 眠れない?」
「……ううん……」
よしよし、と彼女の頭を撫でる。今日、自分が乾かした毛先を手にとって、指に絡める。本当に艶やかで美しい。なんで好きな女の子の髪って、こんなに触りたくなっちゃうんだろうな。肌との触れ合いとは違う安心感が得られる気がする。
「大丈夫、春歌が眠る時も起きる時も、俺はずっとそばにいるから」
「うん……」
二人で寝ていても春歌を一人を残して、仕事に出かけなくちゃいけない時がある。
仕事だってことをちゃんと伝えてはいるけれど、寂しい思いをさせちゃってるかもしれないとずっと思っていたから、また一人になってしまうかもって不安に思ってるのだとしたら今日に限ってはそれはないから安心してほしいって伝える。
それでも春歌はなんだか寂しそうだ。
「大丈夫、俺が先に寝ちゃうってことはないよ?」
疲れている時は春歌に撫でられながら俺が寝ちゃうってことはもちろんあるけれど、今夜は違う。
君がぐっすり眠るまでそばにいるよと、伝えるけれど春歌は目を少し泳がせてから、意を決したように俺の耳元へと口を近づけてきた。
(……今日、キス、まだしてないです……)
か細い声で、耳元で確かに春歌は、そう囁いた。
キスしてないという一言で今日一日を頭の中で逆再生しながらすべてを思い出していく。
そして気づく。
「本当だ!」
いつもは隙あらばキスって感じで、目と目が合っても合わなくてもしていたのにしてなかった。別に忘れてたわけでもなんでもなくて、そういう雰囲気にばっかりなるわけじゃないってことだろう。
まあそういう雰囲気じゃなくても、したいなって思ったらしちゃう時もあるけれど。
「……じゃあ、しちゃう?」
イタズラっぽく尋ねると、春歌は「あのっ、そのっ、音也くんの体調が悪いとかなら、全然っ」とよくわからないことを言う。
一日キスしなかっただけで体調不良を疑われるのは、ちょっと面白いな。
「むしろキスしなかったら具合悪くなるかも」
「そんな!」
すごく心配そうな表情になった春歌を見て、逆にいたたまれなくなってしまった。春歌は本当に素直に真に受けるタイプだから、冗談のつもりでも申し訳なくなる時がある。
「あ~いや、別に具合悪くなるってことはないっ……」
「元気になってほしいですっ……」
突然、頬に押し当てられた柔らかな感触に驚いて身体を跳ねさせると、その反応に驚いた春歌も同じようにビクっとした。
そしてすぐに「ごめんなさいごめんなさい……」と謝られて、いやいやいやいや? と俺は動揺のあまり口調が早くなるのを抑えられない。
まずどこから説明しようか、体調不良だからキスしてなかったわけじゃないんだよね、それより、元気だしてほしいって春歌が俺のほっぺにチューをして? 春歌が俺のほっぺにチューをして……。出来事を頭の中で反芻しながら噛みしめる。こんなの、最高だよ。
「もぉぉ~……、春歌が俺を元気にしたー……!」
全部春歌のせいだって思いながら、ごめんなさいごめんなさいと謝り続けている春歌の手首を抑えて覆いかぶさるような姿勢で、おでこにキスをする。
「ひゃうっ……」
次はどこにしようかな。ほっぺにされちゃったから、ほっぺに仕返しだ。
「あううっ……」
ちゅっちゅっとわざと音を立てながら何度も何度もキスをすると、春歌は「ごめんなさいぃ……」と謝り続けている。
こんなに謝られると無理矢理してるみたいで、申し訳ない気持ちとなぜか興奮する本能みたいなものが隣り合わせになって頭がおかしくなりそうになる。
でも春歌の「ごめんなさい」は「もっとして」みたいに聞こえることがあるから、じゃあもっとしなくちゃなって使命感に駆られてしまう。
そうした悶々とした気持ちのままで、今度は首筋がいいかなと自分の好みで春歌に吸い付く。
ひゃうっという小さな喘ぎ声と一緒に春歌の手が俺の肩にしがみつく。
少し強めに吸い付くと、薄っすらうっ血して、いわゆるキスマークを残してしまったことに気づいた。うーん、これはやばいかも!
遠目からみてもわかっちゃうかな? と口の端に残った唾液を手の甲で拭いながら春歌と距離を取って首筋に残したキスマークを確認する。
これなら、まあ、バレないか。
じゃあいいやとおもって、次はこっち~と反対側の鎖骨あたりに舌を伸ばして舐めつつキスを続けていると、俺の肩を掴む春歌の手に力が入ったのがわかった。
「お、音也くん~……」
蚊の鳴くような小さな声で、春歌が俺の名前を呼んでいる。
やっぱり名前を呼ばれるのって嬉しいんだよね。
当たり前になってきたそんなやりとりも、時々こうして、それが嬉しいのだと噛み締めてしまうタイミングがある。
春歌の可愛らしい声をいつまでも聞いていたいとは思ったけれど、やっぱり我慢の限界。
次はここにするよ、と指でちょんちょんと彼女の唇を撫でてあげると、「……音也くん……」とやっぱり春歌は可愛らしい声で俺のことを呼んでくれた。
大好き! と思って、キスをする。
今日まだしてないよ、なんて言われるとは思わなかった。今日まだしてないかもって俺が気づいてさせてっていうのならわかるけれど、まだしてないよって春歌が教えてくれるなんて、どうにかなっちゃうよ。
「ん……んう……」
ちょっと苦しそうな春歌の吐息が漏れてくる。
口の中で舌を絡ませると、春歌も応えるように舌を動かしてくれる。いつの間にこんなにえっちなキスが二人で出来るようになっちゃったんだろう。
春歌、春歌、はるか……。
頭の中で、何度も何度も彼女の名前を呼び続けた。
言葉を発するための口で彼女自身の口を求めて、頭の中では、ただひたすらに彼女の名前を呼んで、彼女のことを追い求めた。
好きだ、好きだ、好きだ、大好きだーってその気持ちがたまらなく溢れてくる。
キスをしてると、好きなんだって溢れた気持ちを確認するみたいで興奮する。
それでも息継ぎしないと溺れちゃうから、ふとした瞬間に口を離すと、はぁはぁ……と春歌はちょっと苦しそうだった。
「ご、ごめん……たくさんしすぎたかも……」
「……」
たくさんしすぎです! と怒られるかもと思ったのに、君は俺のことをただ、見上げている。
春歌のことは、出会った頃から可愛いな、好きだなって思っていたけれど、ここ最近はやっぱり、綺麗だなって思う。
さっきまでの激しいキスで乱れた彼女の毛先を整えようと毛束を耳にかけてあげると、「……もっと」と言葉少なにおねだりされたものだから、そのリクエストに応えるのに再び唇を合わせ続けた。

たかさか
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