夢の中で

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2018年頃に書いた、メモリアル風トキヤ視点のルーレットのお話です。久しぶりに一緒のホテルになって、音也が呼び出そうとしたのはマッサージで……(導入はアレですが普通に健全です)

妙な気遣いが生まれるとこういうことになる。

それは不幸というべきか、はたまた、そういう運命であったと悟るべきか。

いずれにせよ、今日だけではなく三日、少なくとも三日間は、この男と一緒にまた数日過ごすことになるのだ。

「へー、部屋広いじゃん。まさかトキヤ、ここに一人で泊まるつもりだったの?」

入ってすぐに、子供みたいにはしゃぎながら、音也はクイーンサイズのベッドに身体を背中から沈めた。

「なんかベッド二つもいらなくない? 二人で一つでも寝られそうじゃん」
「私は一人で寝ます」
「あ、そう」

ちぇー、というなぜか残念そうな声を出すことの意味がわからない。なぜ男二人で一つのベッドに寝なければならないのか。

「ただでさえ、あなたは寝相が悪いんですから」
「そうかもしんないけどさぁ」

ベッドを堪能した後は他の部屋の様子も見たくなったのか、ガチャガチャと部屋の扉を次々に開けていく。

「まったく。あなたは落ち着きというものがないんですか?」
「だってワクワクしない? それに久しぶりにトキヤと一緒だしさ」
「ワクワクもしませんし、むしろ久しぶりであることに、様々な記憶を思い出して、頭痛が」
「えぇ……、俺との思い出を思い出すだけで頭痛? 大丈夫、トキヤ?」
「ロクな思い出しかないんですから仕方ありません」
「そうなの? 俺はトキヤとの思い出、全部楽しいことばっかだけどな」
「……」
「もちろん、喧嘩したりとか、すれ違ったりとか……怒られたりとか、たくさんしたけど、そういうの全部ひっくるめて、いい思い出だなって思ったりしない?」
「……」
「あれ。俺だけ? ……だとしたらちょっと寂しいかも。あはは」

はー、と興奮していたからなのか息切れまでして、音也はようやく近くにあったソファに腰をおろした。

返事をしなかったのは、別に否定しているわけではなく。かといって肯定をするわけにもいかず。ここで「私も同じです」といえば、目の前にいる男が調子に乗るのはわかりきったことすぎて、言葉をどう選んでもよいことにならない。

そういうときは返事をしないに限る、と悟ったのは一緒の部屋で暮らすようになってわかった一つの知恵かもしれない。

「私はシャワー浴びて、そろそろ寝る準備をします」
「えっ。もう寝るの。いや、昔から仕事終わりの後は、早寝だなとは思ってたけど、もう少しのんびりしない?」
「しません。あなたも明日の撮影、朝早いでしょう?」
「まさか、俺にも寝ろっていってる?」
「当たり前でしょう。同じ部屋であなたが起きていたら、うるさくて眠れないじゃないですか」
「昔みたいに別にゲームが部屋にあるわけじゃないし、ギターも持ってないし」
「あなたは何かやることがないと、すぐに私に話しかけてくるでしょう」
「あ。言われてみればそうかも……」

確かに、というように頷いている彼を尻目に、シャワーを浴びるための着替えと、手入れのための道具を洗面所まで持っていくために準備をしていると、横からにょきっと音也が顔をだす。

「トキヤのパンツって、おしゃれだよね」
「何を見てるんですか」
「いいじゃん別に減るもんでもなし」

はぁ、と私がため息をついて「いいですか、私がシャワーを浴びている間、大人しくしていてくださいね」と言い含める。こんなことを言わなければならない自分にも少し驚く。

「はーい。わかった。いい子にしてるね」
「いい子……」

毒気を一気に抜かれて、それでも前向きな返事をする音也を見る。
? という表情でこちらを見てくる彼をあらためてみると、やはり数年前に一緒に同じ部屋で暮らしていた彼とは違う、大人びた姿を感じさせる。

(それなのに、こうも中身が変わらない。成長はしているのに、音也らしいところはそのまま……)

同じ部屋にいると、妙に相手のことが気になる。

元々こうしたロケで泊まりのときはいつも一人の部屋だったのに、今回は音也が一緒ということに気を遣ってくれたスタッフから、同部屋にしましたという報告を受けたときには、心底驚いた。

音也の方から一緒がいい、といったのかわからないけれど、こうなることは久しぶりだ。

いつもよりも早めにシャワーを終えて、洗面所から出ると、音也がホテルの案内を見ながらどこかへと電話をかけようとしている瞬間だった。

「待ってください。どこに電話を?」
「ん? あ、マッサージ頼めるんだって。背中すげー痛いから、頼んでみよっかなって。トキヤもやる?」
「やりません。これから寝るといっているのに、あなたは一体何を考えて……」
「いやー、ここんとこ本気で身体がバキバキで」
「はぁ……。あなたもとりあえずシャワーを浴びてきてください。話はそれからです」
「え? う、うん……」

怒られる、と思ったときのちょっと怖がる音也の表情も久しぶりに見たけれど、それも変わらない。

しかし、またその表情を見せる、ということは変わらずに自分の前で怒られるようなことをしているわけで……。

それにしても疲れを感じることなく生きているように見えている人間でも、背中が痛い、マッサージしてほしいということもあるのだなと感心する。

自身は疲れを感じていても弱音など吐いている暇がないから何も言わないだけで、音也は疲れをそのまま感じないからこそ、何も言わないのだと思っていた。

「シャワー出たよ」
「早くありませんか? ちゃんと洗いましたか? 耳の裏、額の生え際、それに……、せめて、髪はちゃんとタオルドライしてから出てきてください」
「あはは、ちょっとちょっと、くすぐったい」
「冗談で触ってるんじゃないんですよ」
「だって、普段そんなとこ触る人いないよ?」

そう言われて、出した手を瞬間的に引っ込める。

確かに言われてみれば、気になったとして、つい思わず手を出してしまうのは音也相手くらいしかもしれない。

「わ、え、ちょっと」
「水気をしっかり拭いて。ちゃんと乾かしなさい」
「はーい」
「まったく、普段はどうしてるんですか?」
「タオルで拭いているうちに自然に乾いてるよ」
「……」
「えと、んで、マッサージ呼びたいんだけど、だめ?」
「あぁ……、そこのベッドの上に、うつ伏せで寝てください」
「ん? うんうん」

言われるがままに、よいしょお、とまた楽しそうにベッドに音也がダイブする。

こうしたときにはちゃんという通りに出来るのだから、普段もできるだけ私のいうことを聞いてほしいものだとそんなこと考えてしまう。

「さて」

自身も音也の寝るベッドの上に乗ると、さすがにスプリングが音を立てて軋む。

その音と、ベッドが沈む感覚でわかったのか、「何、トキヤも一緒に寝るの?」とちょっと笑いを含んだ声で音也が反応する。

「違いますよ。背中が、痛いんでしょう」
「うぉっ? うお!? うぁー! いてぇ……! ちょ、ま、トキヤ、え、何!?」
「何って、マッサージですよ。さ、まっすぐ寝て。一番凝っているのはこのあたりですか?」
「う、うん……よくわかるね」
「あなた、今日歩いているときに少し身体が傾いていたでしょう。こちらに痛みがあって無意識に庇うように歩いていたのではないですか?」
「そんなこともわかんの? トキヤすげぇ……何者なんだよ……」
「何者って。あなたと同じアイドルですよ」
「うぉぉ、いたっ……あ、いた、でもっ、痛いけど、気持ちいいね」

音也の身体は音也自身が自覚している通りに、凝り固まっているのがわかる。

「普段シャワーだけを浴びていたりしませんか」
「あぁー。そうかも。なんでわかんの? 最近忙しくてゆっくりお風呂に入ってないんだよね」
「多少は忙しくても寝る前には湯船に浸かる方がよいですよ」
「ふぅん、トキヤはお風呂好きだよね」
「好き、といいますか。プラス面が多いので」
「そっかー、じゃあ次はちゃんとお湯溜めてお風呂はいろ。あ、それかこないだ、れいちゃんが言ってたスーパー銭湯ってやつよさそうだったよ。トキヤも行かない?」
「人が大勢いるようなところはあまり好みませんので」
「つれないなぁー」

つまんないの、という声がすぐに聞こえてくるかのように、呆れた声が返ってくる。

痛い、痛い、というわめき声の合間に、あれこれとたくさんのことを聞かれて、よくもまあ、ここまで話題があるものだと逆に感心する。

「トキヤはさ、こんな風にいつも誰かマッサージしてるの?」
「まさか。こんなことしませんよ」
「えっ。じゃあ俺がマッサージされた男一号?」
「なんですかそれは」
「だってすっごいマッサージ上手なんだもん……。あぁ、でもトキヤ自分自身マッサージできないか……、じゃあ俺が」
「結構です」
「まだ何も言ってないんだけど」
「結構です、大丈夫です、間に合っています」
「ちょっと傷つく……」

あからさまに落ち込んだ声を珍しくだしたかと思えば、さっきまであれこれうるさかったのに、とたんに静かになる。

……たしかにあまりにも無碍にしすぎたかもしれない、と反省というよりも罪悪感が湧いたことで「私に何をしてくれるんですか?」と時間を置いてから聞いてみる。

「そりゃもちろんトキヤをマッサージしてあげるんだよ」
「それこそ、あなたは誰かをマッサージしたことあるんですか?」
「う――ん、マサに課題教えてもらうときに肩揉みしたことあるくらいかな」
「聖川さん相手に何をしているんですか……」

えへへ、肩なんか揉まなくてもマサは結局、課題教えてくれたんだけどねー、と調子の良いことをいう。

最後に背筋にそって筋肉を伸ばしていく。話題も尽きたから静かなのだろうと思っていたけれど、背中をぽんと押して「終わりましたよ」と声をかけた段階で、音也が静かな理由がわかった。

「また、だらしのない表情で寝ている……。変わりませんね、今も、昔も」

なぜ音也のことをマッサージしなければならなかったのかし終えてみて、いまさらながらになぜ、という疑問が尽きない。

彼が疲れていたからなのか、それとも、寝るといっているのにマッサージを呼ぶ、という空気の読めない行動をする彼に呆れたからなのか。

ずっと見ていた視線の先で、むにゃにゃと唇が動く。

「トキヤ、あんがと……」

夢の中で、お礼を言うんですか、あなたは……。はぁ、まったく。

「どういたしまして」

夢の世界に届くかわからない返事をすると、届いたのか、彼の表情がまた柔らかく緩んだのわかった。