君とひとつ屋根の下(中編)

  • 君とひとつ屋根の下(前編)からの続きです。本当は前編後編で終わるはずだったのに、まだまだ続く……ということでこれは中編です。はじめてのきちんとお泊りだってことを意識して一生ドキドキしてほしい……という願いを込めていたら長くなりました。

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 二人で部屋に戻ってきてから音也が一目散に向かったのは冷蔵庫だ。

 ばん! と勢いよく冷蔵庫の扉を開いたかと思えば「春歌はいちご牛乳がいいんだっけ?」と何を飲むかというように確認をする。

「うん。ありがとう」

「じゃあ俺はいつも通りにコーヒー牛乳。あとアイス……」

 春歌、こっちにきて取りにきて、と呼び出されて冷蔵庫の近くで次は冷凍庫の中身を見ているのだろう音也からいちご牛乳を受け取りつつ、探し物を続けている彼の様子を春歌は眺める。

「春歌、先に飲んでていいよ~」

「音也くん、探し物?」

「……あー。うん。アイスがさっ。あると思ってたけど、昨日、俺が食べちゃったんだった」

 見てほら空っぽと促されるように冷凍庫と、冷蔵庫の中身もなぜか見せられて、春歌は「音也くんちの冷蔵庫、あまり何も入ってないんですね」とふとした感想を口にした。

「自炊する時にしか料理の材料とか買わないし。いつ長いロケに行かなくちゃいけなくなるかわかんないし……で、飲み物くらいしかあんま入れてないかも。あとアイス」

 アイスはね、心の支えだよ、と音也は力説をする。

 あれが冷凍庫の中にあるってわかるだけで、頑張ってお風呂に入ろうとか明日の準備をしようとかそう思えるんだ……と今日はその心の支えがなくなってることにすっかり意気消沈しているようだった。

「で、でもほら、コーヒー牛乳といちご牛乳はありましたっ。完璧だよ」

「確かに。風呂上がりはやっぱりこれだよねぇ」

 さっきまでアイスがないと落ち込んでいたはずの音也が、かんぱーいというようにお互いの飲み物を弾き合わせて元気出たというように腰に手をあて一気にコーヒー牛乳を飲み干す姿はとんでもなく爽快感があるなと春歌は感心した。

「音也くんって本当に美味しそうに飲むね……」

「そりゃ本当に美味しいからっ!」

「そ、そうなんだろうけど、なんか、疑いようのない飲みっぷりといいますか……」

 例えばお風呂からあがってテレビを見てて、さっきみたいに勢いよくコーヒー牛乳を飲む音也くんのCMが流れたら、次の日はこれだ! って必ずそのコーヒー牛乳を買いに行ってしまうと思うんです……と春歌は真剣な表情でそれを訴える。

「あぁテレビ? お風呂あがりに春歌はテレビ見るの?」

 リモコンを片手に飲み終えたコーヒー牛乳をキッチンにある流しの近くに置いてから、音也がテレビを点ける。

 ソファに一緒に座って一緒に見ようと促されて、ソファに隣同士に座って夜遅くに流れている深夜のお笑い番組に二人で見入る。

 音也は一気にコーヒー牛乳を飲み干したけれど、ちびちびとした様子でいちご牛乳を飲む春歌の様子をチラチラと見ていると、「いちご牛乳、飲む?」とあっという間に見透かされて音也は笑った。

「うん、ちょっとちょーだい」

 ではいちご牛乳を……と自分が手にしていたもの春歌が音也のそばに差し出そうとしたタイミングで音也が距離を詰めたせいでお互いの唇が触れ合う。

「おおお、音也くん……」

「だって今日まだキスしてない」

 ね、いいでしょ? とねだるような、吸い寄せるような、声色と目線の〝しようよ〟 にあっという間にほだされて、つい春歌も小さく頷いてしまう。

 彼女の無言の頷きに「やった」と小声でウキウキした声を出しながら、唇同士の触れ合いから確かめるように舌先でノックして、そのままチュ、チュ、と濡れたリップ音を立てながらキスをする。

「んー……春歌からいちごの味する」

 ふふふと唇を離してから音也がつぶやくと「音也くんからはコーヒーの匂いがします……」と返ってきて、なんかやらしー飲み物の交換してるみたいだねと音也は笑った。

「や、やらしいっ」

「うん。なんかさっきのキスもいつもよりなんかすごくあれだったな……」

「あれっ……」

「なんだろう? いつもと違うから? 今夜は春歌が俺の部屋に泊まるから……?」

 今夜は君を帰さなくていいってわかってるだけで、こんなに胸が高鳴ってしまうのはなぜだろう? とおどけるような、フザけているような、ごまかすように笑う音也に、春歌ははっきりと緊張しているとわかる反応を見せていた。

「もっとしたいなー……」

 点けたはずのテレビから、愉快な笑い声が聞こえてくるのにその賑やかな音が春歌の耳に入ってこない。

 耳元で囁く音也の声しか、聞こえない。

 いつもと違うというのはわかっている。お風呂あがりに、恋人である音也の部屋にいて、いつもと違う感覚をお互いに分け合うようなキスをして、もっとしたいって望まれたら、想像だけでも頭がクラクラしてしまう。

「あ……、んう……」

 痛くしないからと耳元で優しく囁かれて、そのまま耳たぶを音也に噛まれる。

 ひゃう! と甲高い声をあげると、耳の次はこっちというように首筋を鼻先で撫でられてから舌先で舐めあげられて、ゾクゾクする。

「春歌、せっけんの匂いがするね」

 首筋のあたりをすんすんと鼻を鳴らす音也に対して、ちょうど彼の毛先が自身の鼻をくすぐる形になっていた春歌も同じような感想を返す。

「音也くんからはシャンプーの匂いがします」

 うん。とってもいい匂い。きっと今までの暮らしでは想像しなかったお互いの日常の香り。

「たくさん嗅いでいいよ? 俺もたくさん嗅いじゃうから」

 それならおあいこになるよね~と音也がさらにすんすんと匂いを嗅ぐと、くすぐったいのか春歌が我慢するような小さな笑い声を立てている。

 首筋にふっと吐息がかかると、「ひゃあ」とびっくりしたようにぎゅっと音也のことを頭ごと抱きしめるものだから、胸のあたりに顔が沈むようになってしまって「はるか、ぐるじい」と音也が声をあげるとその声に気づいた春歌が「ごめんなさいっ」とようやく解放した。

 そうして、ふと見つめ合って、照れ隠しにお互いに笑う。

 もっとしたいと素直に伝わってくる音也のまっすぐな言葉に応えるように、自然と目をつむって彼の唇を受け入れる。

 だんだんとかけられていく体重に耐えきれなくなって、そのままソファの座面に背をつけた彼女に覆いかぶさるようにしながら、音也は何度もキスを繰り返す。

(どうしよう、なんか興奮してきちゃったな……)

 うん、とキスをしながらでも、このままどうしようかと音也は冷静に考える。

 なんだかとってもえっちなことになってしまっているというのは頭で理解している。彼女の小さな身体に覆いかぶさるようにしてのしかかっていると、狼になることを諦めきれなくて、このまま牙を剥いてしまいそうになる。

 泊まるっていうのなら……そうなるかもしれないってことを……春歌もわかってはいるはず……?

 俺はそうなることをなんとなくでも望んではいるわけで、と音也は彼女の身体をまさぐりながら、彼女が着ていたルームウェアのハーフパンツの中に手を忍び込ませると、ビクッ! とその動きに気づいた春歌が身体を強張らせたのがわかった。

(うおお……めちゃくちゃ、汗、かいてるのかな……?)

 緊張からなのかな。じっとりと濡れた汗を掌で感じ取りながら音也は考える。

 キスをしていた時には同じように応えてくれていた気もしていたけれど、彼女の意思を確認するために普段は触れたりしないような場所を触れてみると、そのたびに彼女は身体を強張らせて、目をぎゅうっと強く瞑っているのかよくわかった。

(もしかすると、怖がってるんじゃ……)

 拒絶ではないにしろ、きっと怖いんじゃないのかなって触れて確かめるたびに見せる彼女の反応でなんとなく音也は悟る。

(……焦らない……すごく春歌が可愛い。柔らかい。キス気持ちいい。もっとしたい……)

 でもきっと、それじゃだめなんだ。俺がそうしたいって思うだけじゃだめだ。何度も何度も音也はそう、自分に言い聞かせる。

 春歌の態度を見てたらわかる。俺が今ここで「していい?」って確認したら春歌はきっと「うん」って頷いてしまう。

 彼女が俺のおねだりに弱いことがわかるから、だめなんだ。

「は、春歌……あのさ」

 一連の動作を止めて、音也が何かを口にしようとしているのを見て、春歌はまたしても身体を強張らせる。

 その様子で音也はなんとなくわかってしまう。

 きっと、この先に進んでもいい? って聞かれると思っているのだろう。

「そろそろ……寝る?」

「へっ……!!」

 春歌の素っ頓狂な声が響いた。ずっと聞こえていたのだろう騒がしいテレビの音がようやく今になって二人の耳にも届き始めて、音也がリモコンを使ってテレビを消す。

「もう夜も遅いし……」

「う、うん……」

 すっかりソファに押し倒された状態になっていたけれど、こっちにおいでとテレビを見始めたのと同じように彼女を抱き寄せて二人でソファにしっかりと座る。

「ごめんね、なんかたくさん触っちゃったかも」

「う、ううん……」

 か細く消えていきそうな声で春歌は返事をしているけれど、音也からはどこかホッとしているような表情にも見えてやっぱり怖がらせてしまったのかなと申し訳ない気持ちになった。

 大好きだからそばにいたくて、できれば朝まで一緒にいたいと思うし、一緒にいるならもっと触れ合いたいと音也は思う。

 それなのに、どこかオドオドしている彼女を見ていると、そういえば学生時代に気持ちが高まりすぎて、キスしたいっ! と吸い寄せられてしまった時にも彼女のことを驚かせてしまった失敗のこととか思い出しては冷静になる。

 自分の気持ちだけで突っ走るのはだめだ。大丈夫、キスもできたし、この先も二人で一つずつ重ねていける……はず。

「じゃー……ええと、俺はこのままここで寝るから。ベッドは春歌が使っていいよ」

「え!? それは申し訳なさすぎます!」

「じゃあ春歌、俺とここで一緒に寝る?」

 きっと聞き分けがない彼女のことだから、逆手にとって申し訳ないと思いながら脅すように伝えてみると「二人で寝るのにソファは狭いですっ、ベッドの方が」となんとも至極当たり前のことを感想を春歌は述べる。

「……そりゃあベッドなら、ソファよりは広いとは思うけど……」

「……」

 正直いって彼女が何を考えているのかわからない。あれだけ身体を密着させて色んなところ触りまくった彼氏と一緒にベッドになんか入ったら、もうどうなるかなんて俺にはわからないよと音也は焦る。

「せ、せっかく音也くんのお部屋にお泊りにきたので……一緒に……寝たい、です……」

 だめかな? というように着ていたジャージの裾をぎゅっと握りしめられて、音也は頭がおかしくなりそうになる。

 さすがにお互いに緊張してしまって別々に寝ようってなるのが結論だろうと思っていただけに、春歌の方からベッドで一緒に眠りたいとおねだりされるのは音也にとっては想定外だった。

「ひ、ひとまず歯磨きしよう!?」

 すぐに返事ができなくて、急に歯磨きに誘う意味のわからない男になってしまったと音也は後悔するけれど春歌は「はい」と返事をしてくれた。

 先に音也くんどうぞと春歌が洗面所を譲ろうとするので、広いから二人で一気に歯磨いちゃおうと誘って、二人で寝るための準備として歯磨きを始める。

 しゃこしゃこしゃこ……。

 お風呂入ったり、飲み物を一緒に飲んだり、ソファに座って普段は一緒に見ることのない時間帯のテレビ番組を見たり。

 歯磨きをする日常の音を浴びながら、普段重なることのないような生活の時間を一緒に過ごすことに二人して心が高鳴る。

 お肌の手入れもさせてくださいと春歌にいわれて、あとはどうぞと洗面所を譲ると音也は(あああー。あとはもう寝るだけになってきたー)とつい顔を覆ってしまった。

 俺、我慢できるのかな?

 できるのかな、じゃなくて我慢するんだけど。

 春歌が支度をしている今の時間がチャンスなのでは、と音也はあわててトイレにひきこもった。身体的に冷静沈着になってしまえば本能に従っても肉体が追いつかないだろうとか、そういう事を考えたのだった。

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