「すみません、お待たせしました」
先に寝室にいることを伝えていたから、支度を終えて春歌が寝室の扉をノックしてから入りますねと入ってきたのに、妙な緊張感が走った。
音也はといえば、またソファで押し倒した時のように自然と妙な空気になってしまうのが怖くなってきて、ベッドのかなり隅へと身体を寄せて背中を向けていた。
その様子を見て春歌が「……音也くん。ベッドから落ちちゃうよ」と声をかけると「踏ん張る」と一言だけ返事が返ってくる。
「ごめんね、一緒に寝たいなんてワガママいって……」
自分を抑え込むためにつれない態度になっていた音也に、無理を押し付けていると考えた春歌が謝罪すると、慌てたように身体をひねってから、どんどんと自分の隣のベッド上の空きスペースを音也が叩く。
「俺だって春歌と一緒に寝たいんだから、大丈夫。こっちにきて。隅っこにいたのはその……緊張してたからで~……」
「緊張……」
「音也くんも緊張するんだ……みたいな表情するなよ~……緊張するよ、俺だって……」
はあ、と音也はため息をつく。
とにかく、一緒に寝たいっていうのは春歌のリクエストなんだからこっちにきてと隅の方からぐるぐると移動して、それからベッドの中へと中々潜り込もうとしない春歌の手首を掴んで引き寄せた。
少し強引に引き寄せたかいもあってか、春歌はようやくベッドの中に入ってくる。
ぎしっとスプリング音が響く。沈むマットレスにすらドキドキしつつ、二人でようやく一つのベッドの上で横になる。
「じゃあ毛布かけまーす」
ようやく横並びになって、春歌が横たわったのを確認した音也が毛布を引き寄せて二人の身体を覆う。
「大丈夫かな、暑い? あ、いや、寒い?」
「大丈夫だよ」
「……そ、そっかよかった。あっ、電気消そう、電気~」
部屋の照明機器や、一部の電子機器はすべてスマートフォンで管理してるからと告げて、音也がベッドサイドにおいていたスマートフォンで電源の操作をしたのか、ゆっくりと照明が落ちていくのがわかる。
「真っ暗になっちゃいました……」
「あ。真っ暗だと眠れなかったりするタイプ?」
「ううん、暗いのはわりと平気……」
「そうなんだー。俺は結構、明かりがついているとホッとするタイプ」
真っ暗だとね、どこか落ち着かないんだと音也がぽつりぽつりといったように打ち明けるのを聞いて、「わたしは暗くても明るくても平気なので」と春歌が主張すると、音也が毛布の中でもぞもぞと手を動かして「見つけた」というように春歌の手を握りしめたのがわかった。
「暗くても、こうやって触れ合ってれば俺は大丈夫」
「……うん」
「じゃあ春歌、おやすみ……」
「音也くん、おやすみなさい」
シンと静まった寝室の、サイドテーブルに置かれた目覚まし時計の秒針を刻む音だけが響く。
握りしめてる手や、息遣いで、お互いに起きているというのはわかるから、おやすみの挨拶を交わした後でも妙な緊張が走っているのがお互いわかっている。
「春歌、眠れない……?」
「……う、うん……」
「よし……目を閉じて。それで、頭の中で、おんぷくんを数えてみよう」
「おんぷくんを?」
「うん。俺がおんぷくんを数えてあげるよ。夢の中でおんぷくんに会いにいこう。ほら、おんぷくんがいっぴき……」
「おんぷくんの数え方って匹なんですね……!」
「人じゃないからな~」
「えへへ。なんかかわいいです」
「ほら、おんぷくんが増えるよ~、にひき~さんひき~……」
音也の数える声と、目を閉じて増えていくおんぷくんのことを春歌は考える。
いままで音也が描いてきた様々な表情をしたおんぷくんが浮かんでくる。彼のアイドルとしてのサインに、いつもついてくるおんぷくんは春歌にとっても見てるだけで安心感のあるキャラクターだ。
「むにゃ……おんぷくん、たくさん、です……」
「おんぷくんが……642ひき……」
色々小話を挟みながら数えていたせいなのか、意外と春歌は眠らなかった。
音也が考えていたストーリーをそのまま春歌に話していたら意外にウケてしまい春歌は「それで?」「どうなるんでしょう」「一十木先生……続きを……」とむにゃむにゃとしながら続きをせがんでくる。
春歌の脳内にはきっと今、642ひきのおんぷくんがいるのだろうけれど、どれくらいの広さでどれくらい敷き詰められてるのだろうと音也はおんぷくんを数えつつも考える。
ただ、643匹目に入ったところで、春歌の反応が薄れて、すぅ……すぅ……と小さな寝息を立て始めたのが聞こえてきた。
(寝ちゃった……のかな?)
寝てもらうためにおんぷくんを数えて、物語を聞かせていたのに、いざ眠られてしまうとちょっとさみしい。
本当に寝ちゃったのかな? と確認するために少しだけ起き上がって彼女の表情を覗き込むと、無防備な表情で寝顔を見せる彼女の姿があった。
ああ、そうか。彼女は今夜、俺の部屋で俺のベッドで寝息を立てている。
ソファの上で狂ったようにキスをして、触れ合った先の衝動をなぜか取り戻してしまって、音也は驚いた。
どうしてこんなに自分には節操がないのだろう。眠る彼女にキスして、もし無抵抗なままだとしたなら、怖がらせることなく事を終えられるんじゃとかそういった浅はかで愚かな、下半身でしか物事を考えていないような発想が浮かんだ自分自身に心底あきれた。
(俺は最低だ……)
彼女の幸せそうな寝顔を見ていたかったのに、自己嫌悪があまりにもひどすぎるのと、あまりにも自然に薫る彼女の匂いに耐えきれなくて、音也は一人、ベッドを抜け出した。

たかさか
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