「音也くんが怪我ですか!?」
事務所からの報告を電話で受けて、春歌は青ざめる。
自分の部屋は窓ガラスが割れているという影響から立ち入り禁止のままで、しばらくは音也の部屋で作曲の仕事と今夜頼まれていたカレーの下準備をはじめていた。
そうして音也の部屋で電話を受けた春歌は、スタッフから途中で電話を代わった日向龍也から「もし、一十木の部屋に入れるようなら着替えとか諸々準備して病院まできてくれ」という依頼にすぐ応じることができた。
音也が運ばれたのはシャイニング事務所の社長であるシャイニング早乙女との繋がりが強い病院で、関係者しか立ち入りができない区画の特別な個室にいるとも聞く。おそらくすぐに社長が手配したのだろう。
(怪我……どうしよう、音也くん、どうしよう……)
入院ということになるなら、いつも寝間着として彼が着ているジャージ一式に、肌着、下着、それに洗面用具などもあった方がいいと聞いた。
連絡を取るのにスマートフォンの充電器も必要かもしれない、あれもこれもと、とにかく今すぐ何が必要かは判断ができなかった春歌は旅行に使うような大きなカバンにありったけのものを詰め込んで、指定された病院へとタクシーで大慌てて向かった。
「うーん、ちょっとだけどヒビ入ってるね。でもあれだけの重量のものをあの高さから落としたら骨折しててもおかしくないんだよ」
対応してくれた医師の話を聞いて音也は心底落ち込んだ。
怪我をしてしまっては、今回のスポーツバラエティのレギュラー入りは愚か、アイドルとして歌って踊ることが本職なのに、そうした仕事が一切できなくなってしまう。
だからこそ普段から体調と怪我には気をつけていたのに、まさかこうなるなんてと自分の不注意ぶりに落ち込んだ。
それに追い打ちをかけるように病院に駆けつけてきたトキヤの「ですから普段からあれだけ気をつけなさいと何度も……」という説教が耳を突き抜けていく。
「聞いてますか、音也?」
「聞いてるよ……ねぇねぇ先生、俺の足ってどれくらいで治る?」
「うーん、骨折まではいってないから入院してもらうのは数日だけど、ちゃんと安静にしてないと悪化するだろうし、一ヶ月以上は様子見て欲しいかな」
「いいい、一ヶ月以上? あれ、だってライブあるよね? ねぇトキヤ」
「ありますが。出れるわけないでしょう」
「じゃあ俺のパートは?」
「6人での構成に変えるしかありませんね。あぁ、あなたがゲストで出ている番組の代役は愛島さんに任せるという話を事務所で聞きました」
「それはありがたいけどさー……」
「とにかく! 四ノ宮さんと翔から聞きました。あなた、ここのところ寝不足だったというじゃありませんか? 普段から不注意なところもある中で、さらに不注意を重ねるような体調管理のせいでどれだけの人に迷惑をかけてると思っているんです?」
「はいはいはい……」
「はい、は1回でお願いします、それで寝不足の原因はなんなんですか? どうせ夜遅くまでゲームをしたり徹夜で漫画を読んだりしていたんでしょうけれど」
続くトキヤの説教ラッシュの中に「すみません……わたしのせいです……」と悲しげな声が聞こえてくる。
説教をしていた相手は音也のはずなのに、聞き覚えのある元気のない声と、素直な反省にトキヤはハッとして声の主を見やった。
いつの間にか病室内にいた春歌に気づいて、トキヤは首を振る。
「七海さん。あなたのせいではありませんよ、この男が勝手に寝不足になったんです」
「いえ。わたしのせいなんです。本当にごめんなさい」
深々と頭を下げた春歌に、トキヤは音也の方を見やって「何か特別な事情でも?」と不本意そうに確認した。
「トキヤの言う通り、俺が勝手に寝不足になっただけなんだってば。春歌は関係ない」
「わたしがいるせいで音也くんは眠れなくて……」
「ん?」
ピク、とトキヤの眉が動く。
「わたしがわがままを言うせいで………」
「ほほう。寝不足の原因はそういうことですか?」
「いや! だからっ!」
「こちら、音也くんの着替えと、入院に必要かなと思って用意した荷物を届けにきました。今夜はぐっすり寝てください」
ここに置いておきますね、と病室内にあるキャビネットの上へと荷物を置くと、春歌はもう一度深くおじぎをしてから慌てて病室を飛び出していってしまった。
春歌が去っていったのを見届けるように確認してからトキヤは音也を睨みつける。
「あなた方のお付き合いに今更何を言うつもりもありませんが、仕事に響かない範囲で対応していただきたいものですね……」
「だから! 春歌のせいじゃなくて……あーもう、追いかけるから松葉杖とって!」
「嫌です。私も、まだ仕事がありますので、それでは」
それではこれで、とトキヤがふいっと顔を背けて病室をさっさと出ていくその後ろ姿に「なんだよトキヤの薄情者ー!」という音也の叫び声が響いた。

たかさか
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