3日間の入院で細かい検査も終えて、退院の日を迎える。
松葉杖をつく姿も様になってきたでしょ、と春歌に立ち姿を披露しつつも不安定な動きのときには彼女に支えてもらいながら、二人で暮らす寮にある音也の部屋へと帰ってきた。
帰ってきてすぐにわかるのは、約束していたカレーの匂い。
どれだけおかわりしても大丈夫というように準備をしてくれていたのがあまりにも嬉しくて、毎回おかわりの回数を更新していると思うけれど、音也はこの日1番たくさんカレーをおかわりしたんじゃないかとそう感じた。
それから二人で持っていたおんぷくん同士で「ただいま」と「おかえりなさい」の挨拶をして、部屋の給湯器が治ったのもあり、大浴場での入浴も難しいことから、春歌の介助を受けつつシャワーを浴びることにする。
「まさか一緒のお風呂がこんな風に助けてもらってになるとはなあ」
「足が治ったら今度はちゃんと湯船にも浸かろうね」
「うんうん、春歌も一緒にね」
「? ……うん」
「ちょっと悩んだの可愛い」
でもオッケーもらっちゃったから約束~と音也が小指を差し出すと、春歌も「はい」と笑って小指を結んで約束をする。
足が治ったら、もっと元気になったら、と二人の間で色んな約束が増えていく。
本当は怪我をしてなくても出来ていた事があったと思うけれど、今はできないから、やろうって一つ一つ約束できるのは何か嬉しいと音也は、二人の約束が増えていくたびにそう感じた。
早乙女学園を卒業して、シャイニング事務所の所属になって、目まぐるしい日々を過ごしていたから1ヶ月も何もせずに療養をする、というのは音也にとって不思議な時間だった。
考えてみると、早乙女学園に通っていたときにあった夏休み以来のまとまった休みなのではないだろうか。
テレビでは自分が出演する予定だった番組や企画に代打として色んなメンバーが出てくれている。
それはありがたいと思うし、申し訳ないなと思うし、そして、とても悔しい。
本当ならあそこにいるのは俺だったのに、俺だってあの場所であんな風に笑って熱いスポットライトを浴びていたいのに。
音楽番組で歌って踊るグループメンバーを見ると身体が疼くのに足がいまだに思い通りには動かない。
でも、もしかしたら実はもう治っていて、別に踊るくらいどってことないんじゃないかなとテレビの前で音也は立ち上がってみる。
春歌はダイニングの方で椅子に座ってパソコンとにらめっこしていたから、作曲中か編曲の仕事で煮詰まっているのかもしれない。
そんな彼女の目を盗んで、目の前のテレビで踊るシーンを、自分が本来踊るべきダンスパートを想像しながら一歩踏み出すと違和感しかない。
痛みもそうだし、何よりたった数日レッスンしてなかっただけでダンスへの勘が鈍ってきた気がしたからだ。
……怖い、と音也は背中を感じたことがない恐怖で撫でられたような気がした。
このまま、俺は踊ることを忘れてしまうんじゃないか?
歌い方も忘れてしまって、あの場所に戻れなくなってしまうんじゃないだろうか。
よく見てみると、俺がいなくてもあの歌は、あの場所は成立してないか。俺がいなくたってすべてうまくいっちゃうんじゃないか。
……誰も俺がいないことに気づいていなくて、誰も俺に帰ってきてほしいなんて思ってすらいないんじゃないか。
「……」
どうしよう。すごく怖い……。
そうしてしばらく考え込むように音也が立ちすくんでいると、いつの間にか春歌が横に立っていた。
「音也くん」
「……うん……」
春歌に着ていたジャージの袖をそっと引かれる。名前を呼ばれただけで、何も言葉にしなくても(無理しちゃだめだよ)という視線が伝わってきて、君は俺のことをいつも見てるんだな、と音也は考える。
「今日はソングステーションの日でしたね」
「うん、そう、春歌が作ってくれたあの曲で今日は出てるから! あ、俺はもちろんいないけど」
テレビでまだ歌って踊る、一人足りないST☆RISHのことを春歌が眺めている。
いつもだったら、春歌は必ず歌番組を見学しにいっていた。それは早乙女学園時代に授業を通じて見学させてもらった時の感覚が今も残っていて、そばにいれるならそばで見ていたいと彼女が望むからだ。
それでも今日は、音也のそばにいた。もしかしたら、いつものように見学したかったんじゃないかと音也はそんなことも気になってしまう。
「音也くんのパートは翔くんがそのまま歌ってくれてるんですね」
「うん、俺と翔で交互に歌うところだったからそのまま歌っちゃうぜ!って」
ちょうどそのパートでカメラが翔のことを抜く。二人でいっつもカメラに視線を向けて、どちらがより長く映り込んでるかなんてことを競ってたりしたなーと客観的に番組を見て、音也はそんなことを思い出す。
「あれ。翔くん、ここのダンスのところ」
「ん?」
「ほら、見てください。さっきから視線が」
「あ……」
俺がいないんだったら、ずっとカメラのことを見つめていればいいのに、俺がいる時と同じようにカメラじゃなくて、俺がいた場所を翔は、ずっと見つめている。
そうだ、ここは俺と翔が視線を合わせて声も合わせて歌って踊る、そんなシーンだ。
「すごいね。音也くんがちゃんと踊ってるってわかるね」
「うん」
俺は勝手に俺がいないST☆RISHだって眺めていたけれど、テレビの中の皆は全然違った。
俺がいるってことを前提に、パートやダンスの構成は変えざるを得なくても、ちゃんと俺がいるってわかるように歌って踊ってくれているんだ。
歌が終わって、汗だらけの翔が舞台袖にはけていくところで「音也! 早く戻ってこいよ!」と叫んでから拳を突き上げていったのがわかった。
その一言でステージが沸いて、「はい、今ST☆RISHのですね、一十木くんは怪我で療養中とのことで」と司会者の人が解説をいれてくれている。
「……早く踊りたいなぁ……翔ってやっぱダンスうまいよね! ちょっとアレンジいれたりしてさ、こんなふうだっけ……」
「おおおお音也くん、ですから無理しちゃだめですってば!」
はい停止、と唐突に踊りだす音也のことを、春歌がぎゅーっと抱きしめる。
「今やっとかないと忘れちゃうんだって!」と踊らせろ~と動き出す音也のことを「そうはさせません」とぎゅぎゅーっと春歌が抱きしめて動きを抑え込む。
「あっは、待って春歌、へんなとこさわ、ちょ、まって! そこくすぐったっ!」
「だめですー! ダンスはしちゃだめ!」
「わかった! わかったわかった、踊らないから、ヒヒッ、春歌の腕が脇腹に入って、くすぐったいんだって」
はあ、もうわかった降参、踊りませんというように音也は笑い声をあげながらテレビ前のソファへと座り込む。
こうして音也が我を忘れて普段通りに過ごそうとすると、怪我をしてるってことを忘れてはいけませんというように春歌は以前よりも厳しく音也に接した。
いつもはなんだかんだで甘やかしてくれるのに、「早く仕事に戻りたい」と人知れず焦る音也の姿を見ては万全に戻れるように、強く伝えてくれているのだと音也もわかっていた。

たかさか
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