君とひとつ屋根の下(後編)

  • というわけで続きです。メチャクチャ更新まで時間がかかってしまったのはこちらも本にするかどうかで3本同時進行していたからなのでした。
    ここ最近の音春がすごい、ので、Dolce Vita……の色々を考えながら書きました。

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 そして懸命にリハビリにも打ち込み、経過観察も1ヶ月が過ぎた頃。

 少しずつ支障のない範囲で仕事を戻していって、ステージへの復帰も果たしたところでようやく音也の療養期間は終わりを告げた。

 怪我をして初めてわかる。

 どれだけの人たちに普段から支えられていて、そばにいてくれる人がいることがどれだけありがたいことなのか。

 休んでる間でも身体がなまらないようにと適度に鍛えていたけれど、やはり感覚を取り戻すのは難しい。

 焦りや苦しみ、不安が急に訪れては悩ましい日々もあったけれど、おはようからおやすみまでといったように一緒に生活を共にしてくれていた彼女がいたのは本当に心からの支えだった。

 音也にとってこの休養期間は穏やかな時間だった。1番の収穫は彼女が普段どうやって作曲をしているのか、どのように作業をすすめているのか、仕事の日や休みの日をどんな風に過ごしているかというのを近くで眺める機会がたくさんあったことだ。

 作曲がスムーズな時にはご機嫌な様子でピアノを鳴らすし、産みの苦しみに苛まれている時は紙にいくつものメロディを書き出しては「違う」と独り言をよく言っていた。

 甘いものを食べないと頭が回りませんと、よくお菓子をつまんでいたし、休憩しよっかと声をかけて彼女の代わりに色々と準備をしてあげると「音也くん、ありがとう」と嬉しそうに微笑んだ。

 このところは本当に忙しくて、彼女は作業スピードが早いから気がつけば曲ができていた、なんてことはざらだったけれど、そうじゃない。

 彼女の曲作りには、彼女にとっての1日があって物語があって、そうして生まれているんだと、学生の頃に一緒につきっきりで作曲と作詞をしたあの頃を取り戻したかのような日常があまりにも愛おしくて大切だった。

 怪我をして、失ってしまったものはたくさんあったけれど、彼女がいてくれたことで失ってばかりじゃないことに気づく。

「社長がお詫びにって、とても高価で頑丈なガラスで窓を作り直してくれたんです」

 仕事への復帰を果たして、すべてが順調に回り始めた頃。

 音也と春歌はいつものようにソファに座ってお互いの近況を報告し合う。

 窓が修理されたという報告を終えてから、社長が体当たりをしたら勢いがすごいからどうせまた割れちゃうと思うけれど、と春歌は笑った。

 音也の部屋で暮らすために、彼女の生活用品が散りばめられていたけれど、それが急になくなったことに音也はなんとなく気付いていた。彼女の足元にはまとめられた荷物。

 二人は恋人同士で、同じ寮に住んでいる。

 でも、帰るべき部屋は別々だった。

 音也の看病をするといった名目で、1ヶ月と少々、二人でこの部屋で暮らした。

 朝起きたら、おはようって挨拶をして、寝るときにはおやすみって挨拶を繰り返す。

 いつの間にか、音也はいつか終わるという気持ちが、なぜか失せていた。

 最初の頃はこうした日々も、春歌が帰ることでいつも通りの日々に戻って終わるんだ、とそれを惜しんでいたのに今は違う。

 この日々が続くんだと、今は気持ちが真逆になっている。

 君と一緒に、いつまでも一緒にいたいと願う限り、こうした日々が一生続くんだ、と。

 荷物はまとめられてしまっているけれど、彼女は出ていくといった話はしなかった。窓が直ったという話をされたから、そろそろ帰りますと言うのだろうと思ったけれど、その日の夜も、二人は一緒のベッドで仲良く隣同士、横になる。

「それでさ~、前に翔が俺のパートを活かしてダンスしてくれたとこ、トキヤは反対だったみたいでさ、あれアドリブでやってたらしくて」

「一ノ瀬さんは事前に決めた流れ通りにやりたいと思われてそうです」

「そうそう、で、出番終わったときに翔に食いかかったみたいなんだけど、翔はお前だって音也に帰ってきてほしいくせに!って逆に突っかかったらしくて、それを見ていたく感動したよ……ってレンがわざわざ電話してきて全部教えてくれたんだよね~」

 なんだかんだであの3人は以心伝心なところあるじゃん? お互いにわかってるって理解してるのにどうしても言わなくちゃ気がすまないみたいなトキヤのことを翔とレンは本当によくわかってるよね~と音也はニコニコと語る。

「そういえば今度の音也くんの新曲ですけど」

「うん? なになにー?」

「ひゃ」

「あ、ごめん。思ったよりも春歌が近くにいたもんだから……」

 怪我をしてるのだからベッドは音也くんが使うべきですと春歌は主張したけれど「一緒にいるのに一人で寝るの!? なんで!?」というあまりの衝撃にあいた口が塞がらなくなってしまった音也の反応を受けて散々毎日一緒に寝ていたけれど、万全を期すためにも触れ合いは最小限、といったようにキスをしようものなら「音也くんは我慢できなくなるから、だめっ」と顔を押さえつけられたりしてたな、と、ふとそんなことを音也は思い出す。

 新曲についてこういうこだわりを持って作っておりますという春歌が饒舌に楽しそうに語る声こそが、まるで音楽みたいと耳を傾けながら「うーん、かわいい」と音也は小さくキスをした。

「きゅ、きゅうです、音也くん、突然すぎます……」

「……だってキスしたくなっちゃったから」

 もうどこも怪我はしていない。我慢するべき悩みだって君に打ち明けて二人ですべてを分け合った。

 それでも君は、俺の部屋から色んなものをかき集めて、どこへ行くのってそれを聞きたいのになぜか躊躇ってしまう。

 言葉での聞き方を忘れたように、彼女の首筋にキスをする。1つ、2つ、数え切れないくらいに。

 舌先で肌をなぞって、唾液を纏わせて柔肌へと吸い付くとほんのり、赤みがさしていく。

 身体へのキスと、唇へのキス、やがて彼女が口で応えてくれて、二人の間で絡み合うような複雑なキスが始まる。

 いつまでも永遠に続けていられるなんて思うけれど、身体はどうしても気持ちに追いつかない。酸素が足りなくなってきたあたりで春歌がちょっと苦しそうにしたのを見て、ようやく音也は彼女を解放する。

「……音也くん……」

 じっと彼女のことを見つめる。

 何を伝えればいいのだろう。正直な話、断られるのだって全然構わない。それが今じゃなければ俺はいつまでも待てる自信がある。この一ヶ月で、君にどれだけ愛されてるかわかったから、二人の気持ちが一緒になるまでいつまでだって待てる。

「今夜は……その」

 確認したいことがあるのは俺の方、と音也は思い込んでいたけれど、いつの間にやら春歌の方が何かを聞きたそうにしている。

「今夜はその……メチャクチャにはしませんか?」

 ……ふ、と緊張していた空気が一気に緩んだ。

 そうだね、そうだったね。「音也くんがメチャクチャにしたいなと思ったらしてくれて大丈夫です」って春歌が言ったんだ。

 音也はいつまでも待てる自信があったけれど、今日までの我慢だって大したものだったと思う。

「今夜はそうだなあ……メチャクチャにしたい気分ではないんだよね」

「ええっ」

 そうなの? と、なぜかちょっと悲しげな上目遣いで見つめられて音也はドキドキする。

 まだこんなに可愛いと思えるようなところがあったのかと、彼女と一緒に暮らしてみても知らないことが多すぎる。

「今夜はすごく甘えたい気分なんだ。春歌は俺のこと、甘やかしてくれる?」

「任せてください、音也くんが甘えられるように頑張ります!」

「あはは、気合ばっちり! でもね、俺が甘えるってなったら、そりゃもうすごいからね」

「そうなの? いつもの膝枕してほしいとか、寝るときにぎゅってしてとか、足が痛いから優しく撫でで~とか、ごはんの時のあーんってしてよりもすごいの?」

「は!? 何それ」

「ここ1ヶ月、音也くんが甘えん坊さんだなあと思ったときの記憶です」

「待って、俺……ん? 俺、そんなに春歌に甘えてた?」

「1番すごかったのはお風呂入ろうって誘ったときにお洋服脱がして? って言われたときかなあ……」

 足の包帯がまだ取れなかった時に、いつも春歌の介助を受けていた音也は着替えを手伝ってくれる春歌に向けてあまりにも身を委ねていた時期がそういえばありました、と今更ながらに気づく。

 靴下脱がして~とか、ズボンも~とか、上着~とかいうと春歌は「脱がして欲しいってちゃんといってください」と仕方ないなぁという態度ではあったけれどやってくれていた……。

 なんか亭主関白? とはまた違うような赤ちゃんみたいな甘え方してるな俺、最悪……と自分がしたことが今更恥ずかしくなってきて音也は片手で恥ずかしさのあまりに顔を覆う。

「それは頼んだ記憶あるな……いや、あの、春歌っておねだりするとわりと叶えてくれるからどこまでしてくれんのかなと思って……」

「音也くんがしてほしいってことは、わたしができることならしたいって思います」

「おお~……尽くしてくれるんだぁ……」

「尽くす……? うーん……音也くんを見ていると、したい、って思うんです。だって大好きだから」

 きっとこれは掛け値のない感情なのだと思う。

 人間関係を作るときに、おそらく無意識に損得勘定で動くことはあると音也はわかっている。

 それが自然なものなのか、計算なのか、意図しているのかは自分自身だけがわかることだ。

 誰かのために尽くすということが、結局自分のためになると思うからすることなのか、それは結局自分しか預かり知らぬことなのだろうけれど、春歌の「だって大好きだから」という一言は、そういうものを感じさせない、ありのまますぎて、きっと自分が彼女に向けているものと同じなのだとわかって、なぜかたまらなく切なくなった。

 お互いにそう思えるような人と出会えたんだって思うと、運命かもしれないなんて何度だって思う。

「……よおし、俺ばっかり甘えててもあれだから、明日は春歌が俺に甘えてよ」

「わたしが……明日?」

「さっきまでの話を聞いてて俺がいかに甘えまくってるのかを自覚したから……」

 あのね、あまりにも面倒くさいことを言い出す男をそんなに甘やかしたらいけないよ、と自分のことなのに他の男のことを注意する自分の言いぶりにわけがわからかなくなりつつも春歌のことを音也はしっかり諭した。

「手が離せないときはちゃんとだめだよって言うから大丈夫だよ」

「……ほんとー? 俺のこと優先にして春歌がしたいこと後回しにしちゃだめだよ?」

「? うん。曲が書きたいときはそっちやってたと思うし」

「たしかに、締め切りが近い春歌は俺の雑談をテキトーに流しまくってた時あったなあ」

 あれは悲しかった……とその時はしかたないと思っていたけれど、という音也の表情を見て「あっ。あれはそのっ。そういえばごめんなさいしてなかった、です。ごめんね、本当にギリギリでして」と悲しい思いをさせてごめんねと謝る春歌に「わかってるわかってる」と音也は笑った。

「それで。明日の春歌は俺に甘えてくれる?」

「……う。え、と……明日……は」

 二人で一緒に過ごすことが多くなったベッドの上で、二人の視線が部屋中に散らばるのがわかった。

 寝る前にリップクリームを塗ると唇がガサつかないんです、とベッドサイドのテーブルに置いていた彼女のリップ。

 急にメモしたい時には必要だから、と置かれていた小さなメモ帳とペン。

 着替えはここにある鞄にいれて置かせてください、と隅に置かれていた鞄。

 そのすべてが片付けられている理由なんてもうわかってる。君は明日、ここを出ていくつもりなんでしょう? と音也は戻ってきた二人の視線がまた見つめ合う中で、眼差しだけでそれを告げた。

「本当は……わたし、音也くんに甘えたいです」

「うん」

「明日も一緒にここで寝たい」

「……うん」

「本当は帰りたくないです~~~」

「うおおっ!」

 急にくるか! と腰のあたりに飛びつかれて、音也は彼女のすべてを受け止める。

 君は人に甘えさせるのは上手なくせに、自分が人に甘えるのは本当に下手クソだよねぇと付き合い始めた頃から感じていたことを今でも音也は実感する。

 恋人同士になって、一緒に時間を重ねていくうちにこうして甘えてくれているのがわかるのが本当に嬉しいとベッドの上で二人でじゃれ合う。

「じゃあ明日も俺んちに泊まっちゃう?」

「泊まっちゃう」

「またおっさんに怒られるよ? それでもいい?」

「いいですっ」

「あはは、じゃあもう寮じゃなくて二人で暮らせる場所、探そう。二人の居場所を作ろう」

「……音也くんの部屋は思い出がたくさんなので、引っ越しちゃうと寂しいかも」

「そうだね。でも最初に暮らした早乙女学園の寮にだってちゃんとさよならできただろ? 新しい居場所を作るには思い出にもバイバイしなくちゃ」

「うん」

「大丈夫。二人でいたらきっと寂しいことなんてないさ。もっとたくさんのワクワクが待ってる。二人の居場所を作って、たくさん二人で甘えよう」

 とびっきりの甘い生活がきっと二人のことを待ってるよ、と音也は優しくキスをする。

「それで今日は俺のことをたっくさん甘やかしてね。春歌のことは俺が明日、た~っくさん甘やかしてあげるから」

 耳の奥まで溶かすような甘い声で囁かれて、春歌はドキドキした。

 確かにこの1ヶ月は音也くんのことを甘やかし続けていたなと先程までの会話でわかってしまった。

 じゃあ音也くんがわたしのことを甘やかしてくれるっていうのなら、それは一体どんな生活になるのだろう?

 明日も、明後日も、一緒の部屋で過ごせるだけで幸せだったのに、それすら超えるのだとしたらどうなってしまうのかがわからない。

 それはこれからのお楽しみ、というように甘えた声の音也に「ねぇ、して?」とねだられて、最後に灯っていた部屋の明かりが静かに落ちていくのがわかった。

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