「え?」
泊まれる場所がないかと尋ねられたことに音也は素直に驚いた。
今までは早乙女学園の学生寮、さらにシャイニング事務所の所属になってシャイニング事務所寮でお互いに暮らしていたはずで、どこか泊まれる場所がないかといった相談はまさに寝耳に水だ。
「ええと、泊まる場所って? どういうこと?」
「実はその……わたしの部屋の窓ガラスを社長が誤って身体で割ってしまいまして」
「ああー……、えっ、春歌の部屋の窓を割ったの」
シャイニング事務所の社長であるシャイニング早乙女が窓を粉々にするのは日常茶飯事だけれど、春歌の部屋の窓を割ったというのは珍しいパターンだと音也はさらに驚いた。
「なんでも新しい登場方法を考えていて、ヘリから身投げして部屋に入る練習をしていたら間違えてわたしの部屋の窓を全部割ってしまったと日向先生から連絡があって」
「……身投げして部屋に入る練習ってなに」
「とにかく今、部屋の窓が全部ないそうなんです。窓際にあったピアノは無事だったらしいのですが」
ヘリから撮影したのだろう、シャイニング事務所寮のおそらく春歌の部屋と思われる箇所の窓ガラスが粉々に砕け散っている写真を見せられて音也は言葉どおりに窓が粉々になっていることを理解した。
「めちゃくちゃ粉々じゃん」
「はい。とても粉々だったのですが、社長は身体に傷ひとつもなくご無事だったとか。本当によかったです……」
「それと引き換えに春歌の部屋の窓、全部なくなってるけどね……」
それに、春歌が部屋の中にいる時に飛び込んでいたら、ガラス片やら何やらで怪我をしていたかもしれないと思うと社長がいくら相手でもこんな危険なのはいけないよねと音也がいつものことだとしてもよくないことだとぼやくと、春歌はそれもそうなのですがと応じつつ、伝えられていたのだろう情報を口にする。
「なんでも留守の部屋を積極的に狙ったとのことなので、在宅中には発生しなかったのではないかと」
「話が完全に空き巣の証言みたいなんだよな。留守中に窓割ってもダメだろ」
もう少し常識を持ってくださいという音也の態度に、窓を割ったのはシャイニング早乙女で春歌は被害者だというのに「そうですよね」と春歌が申し訳ありませんとなぜか小さく謝るせいで「ああもう春歌は悪くないよ」と音也もあたふたと慌ててつつも気付いた。
シャイニング早乙女が窓を割ったり、建物を破壊することはシャイニング事務所では最早日常茶飯事だ。
そうした社長の破壊行動を人しれず処理しているのは日向龍也であり、彼の指示でいつもどこからともなくやってきて片付けをしている黒子たちがいるのだけれど夏季休暇に入っていて普段通りの速度では修繕が行われないらしく、約一週間はかかると言われてしまったとのことだった。
「あぁそれで、春歌は部屋に帰れないから……」
「はい。事務所のスタッフさんが寮の空き部屋を探してくださる予定だったのですが、空いてる部屋がちょうどないといわれて……トモちゃんは遠方での長期ロケで連絡が取れず、近隣の宿泊施設も奇跡的なほどに空いてなく……」
このままでは宿無しです……とうなだれる春歌に音也は一瞬のうちにあれこれ考える。
俺も春歌が泊まれる場所を一緒に探すというべきか。
それとも泊まる場所と聞かれた時に一瞬浮かんだ妄想をこのまま口にしてもよいものか。
うう~、とせめぎ合う理性に次の言葉が出てこないというようにしていると、春歌が心配そうな表情で「音也くん?」と小首を傾げた。
「あっ……いや……泊まる場所ないなら俺の部屋とか」
「音也くんの?」
あっ。言ってしまった!
考えていたことが口にでてしまった! というように目を泳がせている音也の視線を春歌は構わず追いかけている。
二人で朝まで一緒に過ごすのが別に初めてというわけではない。とはいえ、今までは曲作りやお互いの仕事に合わせて部屋を行き来してどちらかが眠ってしまってとか、どちらかといえば不可抗力で自然に任せて過ごしてきた。
ただし、今回のように「泊まる」ということを前提に相手の部屋を訪れたことがなかったから、躊躇してしまう。
だとして音也にしてみれば、今夜泊まる場所に困っている彼女をほっぽりだすわけにもいかない。
とにかく俺、寮に戻るしついておいでと音也は誘った。
さすがにそれは……と頷こうとしない春歌に「朝まで一緒なのがちょっと怖かったりする?」ともしかして危険性があると思われてるんじゃないかと確認すると春歌は「ええーと……」とそんなことはないと否定しないあたりに、まあ、それはそうだねと音也は頷いた。
(俺だって、春歌と一つ屋根の下で一晩一緒にいて何もしないという自信があるわけじゃない)
腕を組みつつ、自分の正直な気持ちに頷きつつも、彼女を安心させるならこうなのかな、とこんな言葉が出てくる。
「春歌が困ってるってことはわかってるし……さすがに変なことにはならないと……思う……んだけど」
「変なこと?」
変なことって何のこと? と尋ねられてしまうと、じゃあ説明しようか? って言いたくもなるけれど彼女の純粋に問いかけてくる眼差しを前に音也はいつも浄化され尽くしてしまう。
キスをするのだって逃げられてしまって、もう一度ちゃんとキスをしようって思ってからだって意識しすぎてこれ以上好きになったら大変だからって避けてしまってと一悶着ありすぎた。
それが今度はいつしか考えた「朝まで一緒にいる」なんてことが最初から約束されてしまったら、何をどうしたらいいかわからなくなってしまうかもしれない。
だめだっ。変なことを考えるのはなしなしっ。
音也はぶんぶんと首を振ってから、でもこのチャンスは活かしたいよねと一人頷きながらふらふらと歩き出す。
「まあまあ、とにかく。このまま春歌のことをほっぽりだすわけにもいかないしさ。ひとまずおいでよ」
こっちこっちとついておいで~と先を歩いていく音也を追いかけて、さすがに泊まるのははばかられると春歌は断ろうとするけれど、その断りの言葉を伝えようとすると音也はこっちこっち~とふらりふらりと歩いていってしまう。
「お、音也くん、待ってください~」
そんなこんなで春歌と音也が追いかけっこを続けていくうちに「とーちゃく」と音也が自分の部屋の前で立ち止まる。
「音也くんの部屋です」
ここがどこなのか知っていますというように春歌が部屋の前で指さし確認をしている。それに応じるように、音也もうんうんと頷きながら、「音也くんの部屋だよ」と紹介しつつ、さらに続けた。
「勝手知ったる音也くんの部屋に泊まった方が春歌もラクだと思うけどなー」
どうする? と少し意地悪そうな表情で自分のことを見つめる音也に対して春歌は戸惑った表情で「ええと、その」と言葉を詰まらせている。
彼女の困った表情を見るのは正直、嫌いではない。でも困らせているのが自分で、本当にどうしようかと戸惑っているのを見ていると、音也自身も申し訳無くなってくる。
「なんか強引に誘ってるみたいでごめん。ええと、その、春歌が他の人のところに行っちゃうかもしれないとかが、いやで……」
決して、朝まで一緒にいる間に何かしようとか、そういう不埒なことが目的で誘ってるわけじゃないことをどうにかしてうまく伝えたい。もしかしたら自然とそうなっちゃうかもしれないけれど、だとしてそういうことじゃないんだってことをどうにか伝えたいと手振り素振りをくわえながら必死に言い訳をする。
「他に泊まるとしても一人でなので大丈夫ですよ」
他の異性のところへ行くことはないですよ、とそんなことはしませんと春歌が音也の疑念や心配を払拭しようとはっきりという。
こうして主張されてしまったら、君のことを信じるしかなくなる。信じるしかないというべきか、最初から信じているわけで、そういったあれこれで彼女のことを疑っていると思われるのも音也は嫌だった。
「……だからね、ええっと……俺が一緒にいたいだけなんだってば……」
だめだ、どう言えば彼女に伝わるのかがわからない。自分の感情にいろんな理由をつけてお願いの材料にしようとしても結局こうしてストレートに伝えるしかなくなる。
お互いに困った表情で部屋の前で押し問答をしていたけれど、音也の反応を見た春歌も決意が揺らぐ表情を見せる。
「たしかに、その、音也くんと一緒であればさみしくないといいますか、一緒にいれるのは嬉しいですけど……」
「ん?」
「さささ、最近はその、さきほどのように曲が通らなくて、ずっと缶詰で、音也くんもお仕事忙しくて、中々会えなくて……」
「うん」
「だからその、久しぶりに二人きりで一緒にいたいというのは……わたしもあるので……」
「……うん。うんうん。じゃ~……その、うちに泊まる……?」
「……いいんでしょうか?」
「いいに決まってるじゃんっ」
ここで俺がダメでーすって断ったらおかしいじゃんと音也が笑うと、戸惑いの表情ばかりだった春歌が音也につられるように笑った。
「よ、よかった。その、ではどうかよろしくお願いいたします」
ぺこりと丁寧に頭をさげる自分の彼女に、本当にこの子は面白いよなーと音也はあらためて感心した。
「彼氏と彼女なんだし、お互いの部屋に泊まったり泊まられたりするだろうし。そんなにかしこまらなくても……」
「ででででも、わたし、その、誰かと一緒に、男の人と泊まるという経験がなくて……トモちゃんとは一緒に暮らせていたのでおかしなことはしないと思うんですけど……」
「まー、朝まで一緒にいると普段は見れないお互いのことがわかっちゃうかもね」
それがなんなのかはまだわからないけどね、といたずらっぽく笑った音也に対して、普段は見れないお互いのこと……と真剣に何事かを考えこんでいるようだった。
「春歌? どしたの?」
「あ、ううん。普段は見れない音也くんのことが見れちゃうのかなと思ったら楽しみになってきました」
「俺も普段は見れない春歌のことを見れるのかな? って思うと楽しみー」
二人でニコニコと笑顔を見せたあたりで、春歌はハッと気付いたように「ごめんなさい、着替えとか身支度に必要なもの一式、部屋に取りに戻っていいでしょうか?」と音也に確認する。
「うん。春歌、もう夕飯は食べたよね?」
「はい、実はついさっき出先で。音也くんは?」
「打ち合わせしながら出前とってもらっちゃったからお腹は減ってないんだよね……」
「なるほど」
「夜も遅いし、寝なくちゃだよね」
そう考えると、一緒にいれる時間って短いのかもなあと音也はしょんぼりする。
しょんぼりしていると、自身のシャツの裾が、ぎゅっと掴まれたことになんとなく気づいて、裾を掴んだ彼女へと音也は視線を移す。
「……ね、寝なくちゃですけど、朝まで一緒です」
「……う、うん」
なんかドキドキするような言い方をするなぁ!? と音也が動揺していると、パッと掴んでいた裾を放して春歌は荷物を取ってきますので先に音也くんの部屋で待っていてと言い残して隣の自身の部屋へと戻っていった。

たかさか
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