「音也くん、ソファに座れますか?」
「へっ。あ、いや、俺」
一緒に座ろう? と心配そうに俺のことを見上げる春歌に(もう平気だから大丈夫だよ)っていつもなら何も考えずに言うのに、もしかして俺はいつも本当に「大丈夫だよ」って思って伝えているつもりがどこか強がってたのかな、なんて初めて思った。
手を繋いだまま二人でソファに隣同士で座る。
ぎゅーって小さな彼女の手を握ってみる。すると、「ふふふ」って春歌が笑うから、「なーに」と俺が尋ねてみると、「音也くんの手が大きいなって」と教えてくれた。
「春歌の手が小さいんだよ」
そういうことじゃないの? と俺は何の意味も持たないのかもしれない、こんなやりとりにすらドキドキしながら彼女の手を何度も触れる。
付き合いはじめたばかりの時にも、こんな会話をしたなって思い出す。
初めて感じたことはいつまでも覚えていて、同じことを繰り返し伝えてしまう。
あの頃の俺は15歳で、15年しか生きていないくせに、俺は今、人生で一番幸せなんだってそんなことをただ彼女と一緒にいるだけでそんなことを思った。
ふと二人が座るソファからキッチンに近い食卓の上に目をやると、見覚えのないものが色々と置いてあることに気づいた。
俺が何かに気づいた視線に反応するように春歌が「そうだ。りんごをもらったので持ってきたんです」と教えてくれた。
りんごはすぐにわかったけれど、他にもたくさんあることに驚いて彼女が持ってきてくれたものであろうものを確認するために、二人で立ち上がって机のそばに寄って眺めていく。
「これは先程お話したりんごで……、これは音也くんが好きかもと思ったチョコのお菓子で」
「お菓子もあるんだ!?」
「はい。あとは、そろそろ買い置きがないかも……というのを聞いていたので音也くんがいつも使ってるギターの弦に……」
「えーっ! 弦も買ってきたの? たしかにストック減ってきたなーって思ってたけど!」
「あ、これはわたしが勝手に買ってきてしまっただけなので……もし不要なものがあれば全然言っていただければ」
「春歌がくれて要らないものなんてある?」
ないよね、と彼女が持ってきたいくつかの紙袋に分かれている差し入れを眺める。
手を突っ込んで、中身を見て、説明された通りに俺がいつも使ってるギターの弦と、また食べたいなーとなんとなく話していたお菓子が入っているのを見てなんか嬉しくなってきた。
りんごは昔、色んな撮影でも使ったなとかなんだか懐かしい気持ちになってしまって、手のひらの上でぽんぽん投げては眺める。
意外と色んな縁があるんだよね。
「音也くん、りんご食べる? 準備しましょうか」
「いいの? 食べたい食べたい!」
りんごを眺め続けていた俺に春歌が、俺がどうしたいかに気づいて声をかけてくれて驚いた。
思い出に浸っていたのもあるけれど、眺めていたらお腹が空いてきてしまったというのも事実だ。
今日、俺は収録でもりもり食べちゃうから、春歌も先に夕食はとっておいてねって伝えていたからそれぞれ食事は済ませていたはずだけれど、夜も更ければ口寂しくもなる。
ではちょっとお台所をお借りします、と春歌が移動するのに後ろについていって、包丁はあそこ、まな板はあっち、お皿はここなんだけど春歌の背じゃちょっと届かないかもだから俺が取るよ~と諸々一緒に準備をした。
「音也くんのおうち、前にお邪魔した時よりも色々増えてますね」
この包丁は音也くんと前にお出かけした時に二人で選んだやつですと春歌は嬉しそうに手とってから、「でもまな板を買い忘れたんだよね」と思い出して笑っている。
「そうなんだよ。笑っちゃったよね。でもさすがにまな板だけもっかい買いにいくのはーってなってそのままだったけど、さすがに包丁あるのにまな板ないのヘンかなと思って買ってきた」
うんうんと俺がうなづいているうちに、春歌が、では失礼して……とりんごを手際よく切っていく。
まずは二等分、さらに四等分で、合計八等分。わー、うまそうと思って手を伸ばして俺が食べ始めると「えっ、あっ、もう?」と春歌が驚いている。
「ごめん。お腹が空いて我慢できませんでした」
「音也くんと一緒に台所に立つと、いつも途中から手が出てきます……」
「だって! だって美味しそうなんだもん。あっ、もちろん番組じゃやらないよ、前にやろうとしてトキヤに怒られて、だからその、こういうことをするのは春歌と一緒の時だけ」
「わたしと一緒の時だけ?」
そうなの? と春歌が小首を傾げて尋ねてくるのがあまりにも愛らしかったから、素直な反応が口から飛び出していく。
「え、あ、う、だって、春歌は許してくれる……」
「音也くんがつまみ食いしちゃうところ、ちゃんと食べたいって断ってから食べれば大丈夫だと思うんだけどな」
でも確かに一ノ瀬さんは怒るかも……と考え込みながらも、それでも急に食べちゃう音也くんも音也くんらしくて好きですし……と一人悩んだかと思えば、最終的につまみ食いはお料理をしてる人の特権です、と春歌はニコニコして笑った。
時々春歌はこういうことを言う。
音也くんのこういうところがきっと皆、大好きだと思うって、俺が人知れず不安に感じているところを後押ししてくれる。
春歌がいってくれると、なぜか素直に受け取れてしまう。出会った時からずっとそうなんだ。
じゃあお言葉に甘えてもう一個、とりんごを手にとろうとした俺の手をなぜか春歌に止められた。
あれ。許してくれたと思ったのに。
「せっかくなのでうさぎさんにしようとしてるのに、音也くんにどんどん食べられちゃう」
春歌が手にしていたりんごを見ると、確かにうさぎになってる。おおおー。
でも正直、口に入るなら全部いっしょとか思ってて本当にごめんと思いながら、もぐもぐと俺は口に動かしていると、こっちを避難させてと俺の魔の手から必死にりんごたちを避難させようとしている春歌が可愛すぎた。
最終的に生き残れたりんごたちは春歌の手によってうさぎの姿に変わっていく。
こういうのってなんかいいよね。自分じゃやらないことを楽しそうに彼女がしてくれているのを見ると、なんかワクワクする。
二人でリビング前のテーブルまでりんごうさぎたちが乗ったお皿と、一息いれるために飲み物も準備して一緒に運ぶ。
よーし休憩だーと思ってソファにどかっと座り込んで「ふうーーー」と声を出すと春歌も隣に座ってくれた。
そして、彼女はりんごうさぎたちが乗ったお皿を膝元に寄せて、小さなフォークをえいっと突き立てた。
その様子をとなりから覗き込むようにしてると、春歌が「音也くん、また食べたそう」と笑って、「あーん」と口を開けるように促してきた。
ドキドキしつつも、すぐに無抵抗になりながら、差し出されたりんごを遠慮なく口にしてもぐもぐと口の中で咀嚼する。
りんごの歯ざわりと溢れ出る果汁の甘さで口をいっぱいにしてから、「……今日の春歌は俺を甘やかしすぎだねー……」としみじみと呟く。
そうかな、と春歌は自覚なさそうにしているから、フォークが刺さっているもう一つのりんごうさぎを拾い上げて「あーん」と口を開けるように促すと目をぱちくりしながら恥ずかしそうに春歌がこっちを見ている。
はい食べて~とお口を開けるように促すと、彼女の小さな口がようやく開いてりんごを口にしてくれたからやったーという気分になる。
「自分が甘やかされる時は、すーごく照れるところがすーっごく可愛い」
「だってー……」
「俺のことはこれでもかって甘やかすくせにさ~」
「だって……」
「春歌、さっきからだってしか言わないね」
何か言いたいことがあるならちゃんというように、と顔を覗き込んで促すと目と目があった瞬間に春歌はりんごみたいに頬を染めながら教えてくれる。
「甘えてくれる音也くんのこと好きなので……」
「……!」
これは重大な発見だ。
「春歌は甘える俺のことが好き?」
「……う、うん……」
「クールな俺のことはもう飽きちゃった?」
あっちの俺も好きって言ってくれたじゃん? と悲しげに見つめると春歌はめちゃくちゃ動揺した。可愛すぎる。
「あ、そちらの音也くんも好きですけどっ」
でもあれはっ、お仕事で見せてくれる姿にドキドキしたといいますか、普段の音也くんも、どんな音也くんもとにかく好きなのでっ! と唐突に春歌の好きがとまらなくなって俺は動揺する。
「ちょ、春歌っ、そんな好き好きって連呼されると俺……俺っ……」
「あの、確かに音也くんには色んな面があると思うんです。落ち込んでも元気がでるようにしてくれるところがすごく好きですし、」
だめだ、春歌が止まらない。もうこうするしかないと思って両手をぎゅっと握って気合をいれてなぜか俺の好きなところを熱弁し続ける彼女に勢いよく覆いかぶさってソファの座面に押し倒すと「ひゃあああ~~~!!」と春歌が動揺して大声をあげた。
「ちょーっと春歌、言い過ぎっていうか俺のこと褒め過ぎっていうか……」
嬉しいよ? 嬉しすぎてたまらないけど、限度ってもんがあるよねと、覆いかぶさって牽制してるのに春歌は止まらない。
「だって、大好きです」
「……きょ、今日の春歌は言うね~……!」
「ダメ?」
「だ、ダメじゃあないけどぉ………!」
あ~、もうなんだかなと思って、メッてやろうとしてたのに全部どーでもよくなっちゃった。
力が抜けて、春歌にわざと体重をかけていると「音也くん重い」と困ったような彼女の声が聞こえてくる。
のしかかったままだと可哀想になってきたから、抑え込むのはやめてあげて二人でまたぴったりと身体をくっつけあいながらソファへと座り直す。
そして、ちゃんと伝えておかなくちゃと今度は俺の番というように繰り返し繰り返し、何度も伝えていく。
「俺も春歌のこと大好きだからね」
「うん」
「春歌が思ってるよりも、ずっとずーーっと大好きだからね」
「だとするとわたしも、音也くんが思ってるよりも音也くんのこと好きだと思う……」
「ええっ!」
「なんでしょう、うまく言葉にできなくて……」
どう伝えればいいのかわからないと春歌は一所懸命に言葉を探し始める。
つい顔を伏せがちになってしまうのは本人の癖なところもあるけれど、昔よりもすぐに顔をあげて、ちゃんと俺の瞳をみて話してくれるようになったのは彼女自身が変わっていったことなんだと俺は思う。
「大好きって言葉だけだとうまく伝えられない、足りないといいますか……だからちゃんと伝えられていないかもって思ってるんです。だから、もっと伝わりますようにって音也くんと作る曲で表現できるようにも頑張ってるんだけど」
不器用で本当にごめんなさい、と春歌は困ったような表情で微笑んだ。
もっともっと頑張るねって、あどけない表情で必死に伝えようとする君の声が、今までの色んな出来事を巻き込むようにしてフラッシュバックさせてくる。
抱え込んでいた悲しい思い出も、君と出会ってすべての色が変わった瞬間も。
うまく表せないことすべてを運命なんだって言葉で変えて、たまらなく君のことを愛おしいって感じたのは、こうして君が俺の欲しい愛をくれるからなんじゃないかって、身勝手に思う。
ごめんね、なんて謝る君の言葉があまりにも優しすぎて、ところどころ痛むのに、そうした痛みにすら愛おしさを感じてしまう。
「俺、もっと春歌と一緒にいる時間を増やすよ」
「えっと」
「それで、もっともっと春歌が俺のことを大好きだって伝えてくれる機会をた~っくさん増やすんだ」
「ええっと、ええっと」
「たくさん会う時間ができれば、春歌も、もっと俺に大好きだよってことを伝えられるようになると思う!」
うん。真剣に考えた結果、そうなった。春歌が大好きってことを伝えたいっていうんだったら俺自身が応えていかなくちゃだめだよね。
春歌本人は非常に戸惑いながらも、急にぎゅっと強く俺のシャツの袖口を掴んだ。
「う、嬉しいんですけど!!」
想像よりもでっかい声で春歌が話しはじめたから、俺もちょっとビクッてなりながら「はい!」と応えた。
「……今日も音也くんに遊びにきてって誘われた時、久しぶりに、なんでもない日に会えるんだって、そわそわしすぎちゃって」
「でも春歌、俺からの連絡に返事してくれなかったじゃん」
「連絡っ? ごめんなさい、音也くんの部屋に入っていいのかなって鍵を使うのにずーっと悩んでたり、音也くんがいないのに自分一人だけっていうのに慣れなくてぼーっとしてたので!」
決して無視したわけではないんです! と訴えかけてくるものだから「知ってるよ。でもちょーっぴり寂しかったから言ってみただけ……」と本音を混ぜ込むと春歌は今度からちゃんとお返事するねと必死だ。
「連絡の返事は、強制してるわけじゃないから! 俺だって仕事で春歌からの連絡に中々返事できないこともあるし」
「それでも、音也くんが寂しくならないようにします」
「……寂しくならないようにしてくれるの?」
「うん」
「春歌はどーやって俺のこと、寂しくならないようにしてくれる?」
そんな嬉しいこといってくれるとして、春歌はどうしたら俺が寂しくないだろうって思うのだろうと単純な疑問が沸いてしまった。
春歌はまたしてもあたふたしてながら、俺のことを見つめてきたから「?」と視線を返すと、俺の手首をぐいっと握って自分の元へと引き寄せる。
「うおおお、春歌っ」
時々こういう実力行使に出るところが好きすぎる。学生の時からよくわからないところで春歌は強引になるんだよね。
「こうして、音也くんと一緒にいます……、一番近い場所にいます」
「うん。もしかしてそれってさ」
すごく気になることがあったから、そばにいてくれる彼女の耳元へと唇を寄せて、優しく囁くように確かめる。
「いつでもキスできるような距離にいてくれるってこと?」
また怒られちゃうんだと思ってた。
音也くんはすぐにそういうことを言うって、頬を真っ赤に染め上げていつもみたいに口元を隠して小さくなっちゃうんじゃないかって。
だから君の唇が、質問の答えのように俺に触れた時、どうしたらいいのかわからなくなる。
いつでもキスできる距離にいて欲しいと願うのは、俺も君にキスされる距離にいるってことなんだなって、そんな当たり前のことになんで今さら気づいてるんだって話だ。
初めてのキスをしちゃったね、みたいにちょっと照れくさそうに視線を泳がせつつそわそわする。
春歌からしてくれたのが初めてだったから、普段の1000倍ドキドキしたかも。
なんともいえないドキドキした空気がしばらく流れて、それを打ち破るようにして春歌が切り出す。
「お、おとおと音也くんがそばにいてくれるのは嬉しいです。一緒にいる時間を増やしてくれるっていうお話も嬉しくて……でも音也くんのお仕事が忙しいのも、大変だってわかってるんですけど、とっても嬉しくて」
「うん」
「音也くんがやりたかったって話してくれたお仕事をしているのを見るのが凄く嬉しいんです。昔一緒に見学したスタジオに演者側で出れているのも夢みたいで。それに……、一番はやっぱり、アイドルをしている音也くんを見るのが大好きです」
たくさん一緒にいたいし、そばにもいてほしいけれど、あなたがアイドルをしている姿が大好きですってそんな笑顔で言われたら、どうしたらいいのか、本当にわからなくなっちゃうよ。
二人で一緒にいると、二人で見たい夢ばかりがどうしようもなく広がっていく。
見たくもないようなことだって増えていって、逃げてばかりじゃいられないことも増えていく。
でも君と二人でなら、届きそうなんだって思うから、いつまでもこの距離で甘えさせていてほしいなんて思っちゃう。
もう一度キスさせてって目だけで訴えて、唇に触れる。
もう一度だけで我慢できるはずもなくって、何度も何度もキスをした。

たかさか
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