すっかり夜も更けている。
本来ならば夕方までにすべての予定は終わるはずだった。
だから隣を……、一歩、二歩、いや、想像よりも離れて歩く彼女を眺めたときに、こんな夜遅くまで付き合ってもらってしまって悪いなあと思った。
「一十木くん、機材調整が終わらなくてさ。リハ、かなり遅れちゃいそうだけど予定は大丈夫?」
「えっ。あー! 俺は今日一日スケジュール空けてるから全然平気なんだけど……すみません、ちょっと確認してきます!」
できれば見学したいという彼女からの連絡を受けて「どうぞどうぞ!」とむしろ見てほしいとお願いして呼び出したのは俺の方だ。
俺は全然平気だけれど……七海はどうだろうか? 用意された楽屋で待機してもらっていた彼女にリハーサルが始まるのが遅れるのを伝えに走る。
「……」
「それで、機材の準備とか、調整とか? そういうのでかなり遅れちゃうみたいで……七海は予定とか大丈夫かなーっていう」
俺の説明に聞き入ってると思われる七海は、どことなく呆然としているようだった。
そうだよねぇ、予定が変わるのは困っちゃうよね。
「あ、うん、全然大丈夫です。あの、その、衣装……」
「? もうそろそろ始まるって時だったから衣装に着替えちゃったんだ。どう?」
本番と同じように髪型もセットして、いろんなお願いをたくさんして出来てきた衣装を合わせの時からもう一度ちゃんと着てみた。インナーのシャツを着たときには感じなかったけれど、ジャケットを着てみると、いろんな装飾をしてもらっていたせいなのかずっしりと重みがある。
腰に巻くシャツも、俺がテキトーに巻くとだらしない感じに見えちゃったけれど、前後から二人のスタイリストさんが調整してくれたら、あら不思議、立派なライブ衣装になっていた。
その姿のまま、慌てて七海に今日の予定を伝えていたけれど、そうか、七海はもしかしてこの衣装を初めて見るってことか!
「あの、その、びっくりしちゃって……」
なんか七海の反応が新鮮で、面白い。いつものようにきっと褒めてくれると思ってたのになぜか言葉が見つからないというようにしている。
どうしよう、と困った様子の彼女を見てるのが面白かったから、スタッフの皆さんには「このままの予定で進めてください」とお願いして、彼女のことを楽屋から外へと連れ出した。
まだまだリハーサルがはじまるまでの時間に余裕がある。それなら、ここにずっといるよりも気分転換に彼女と一緒に歩きたいと思ったから。
それで、すっかり夜になってしまったリハーサル会場の周辺を二人で歩いていたのだけれど、七海は俺のすぐ隣じゃなくって、かなり距離をとって歩いていた。
ちらちらと俺の方を見ては、俺がその視線に気づいて返すと、何でもありませんっていう感じで目を逸らしてしまう。
……それが、ちょっぴり寂しかった。
ここのところの最近は、最初の頃に七海と一緒に曲を作った頃のようにお互いに長い時間一緒にいれることもなかったら、こうして二人きりで歩けるのがとっても嬉しかったのに、七海は意図的に距離を作ってるようで寂しかったんだ。
きっと、君と出会った頃の俺だったら、どうして距離を空けられてるのだろう? なんて思うこともなく、そばに寄っていたと思う。
でも今の俺は、彼女が空けて歩く距離の意味を考えてしまう。側にいてほしくないのかな、とか、側にいってもいいのかな、とか。
そうした寂しさを抱えていたけれど、七海は歩きながら、今までの話をしてくれた。
二人で曲を作った時のこと。
今回アコースティックギターじゃなくて、真っ赤なエレキギターを使うつもりだったけれど、二人で最初に曲を作ったときにはアコギでじゃかじゃか弾きながら、ああでもこうでもないっていいながら一緒に作ったよね、とか。
今回はエレキギターが映えるようなメロディラインにしたから、一十木くんのロックな要素がより際立つと思うんですと彼女は力説していた。
「俺は、あの時に七海と作った曲も大好きだよ。今も歌うもん」
こんな風に、とイントロから歌を口ぐさむ。
それから今回作ってもらった曲もかっこいいよね、と手が弦を弾きたがるから、彼女の前でエアギターのように一人で楽しんでいると、その様子を見た七海が笑ってくれた。
こんな夜遅くになってしまったけれど、本当は遅くなってくれてよかったなんてちょっぴり思ってる。
だって、こんな風に彼女と一緒の時間が増えてくれたんだから、時は止められなくても引き延ばせた事実が嬉しくって仕方がない。
なぜかこの衣装を着ていると、俺はあの頃よりも、ちょっと大人になれたかな? クールになれたかな? なんて気負ってしまうから、無意識にブレーキをかけてしまう。
でもこうして七海と話していると……彼女に触れられないのに、なぜかとっても暖かくて心地良いんだって、そればかりを思う。
綺麗な瞳をした君が、俺のために作った曲について楽しそうに語ってる。
この曲を聞いてくれた人たちが笑顔になりますようにって込められた願いを優しく伝えてくれている。
それがたまらなく心地良い。今一緒に過ごしているこの時間がぽかぽかして、ほんのりあたたかくって気持ちよくってたまらない。
それでも二人の間にはきっと、埋められない距離があるんだって目でみてもわかるような距離感に切なさもこみあげてくる。
「あぁそうだ。俺、七海にずっと渡さなきゃいけないものがあったんだ」
そうそう、今日こそ絶対に渡すぞと思って、衣装のポッケにすら放り込んできてしまった。
予定を聞いて時間をとってもらって渡せばよかったのに、なんか気恥ずかしくてできなくって、いつでもポッケにいれては、今日は七海に会えるかな? そしたら渡そうとか思ったまま、その機会がなくてずっと先延ばしにしていたのを今日で終わりにしようと決めたんだった。
「なんでしょう?」
渡されるものに心当たりがないといったように首を傾げる七海。
「イギリスに行ったときのお土産。トキヤにはレコードをあげたんだけど、七海にもそういう音楽っぽいものがいいかな~とかすごく悩んだんだけど……」
「? お土産っ」
「……うん。あの、結局たくさん悩んだ結果、こういう……くまの……」
俺がポケットから取り出した小さなストラップつきのくまのぬいぐるみを見せると、七海が「わぁ」と子供みたいに声をあげた。
「くまです。可愛いね!」
「うん、イギリスのくま……らしい。あっちで仲良くなった人が可愛いから女の子におススメと……」
「確かにかわいいです。絵本にでてくる子なんでしたっけ」
「そうそう、そうなんだよね」
「あ、ストラップがついてる。じゃあカバンにもつけられそう」
こことか……と、七海がさっそくカバンのあたりに俺のあげたくまをつけてくれた。
……おおお……。狙ってたわけじゃないけど、ううん、それは、と思ってちょっと動揺してしまう。そんなにすぐに身に着けてくれるとは思わなくって。
「? 一十木くん」
「え? あ? いや……! うん、七海のカバンにくまが似合ってよかった!」
「ありがとう。わたしも一十木くんにお土産を渡せるくらいに出かけれたらいいんですけど……」
七海はどうも出不精らしくて、家にこもって作業をすることが多い分、なかなかこうしたお土産をお返しにあげれる機会がないと嘆いていた。だから、出先で見かけたお菓子とか、そういう差し入れをしてくれることはあったけれど、現地で選んで買えるようなお土産を持ってこれたらなと少し寂しそうだ。
「じゃあ今度、俺と一緒にお土産探しをしにいく?」
「お土産探し、ですか?」
「今回イギリスに行ったときに思ったんだよねー、旅行って宝探しみたいだなって。だから七海とも一緒に宝探しができたらきっと楽しいだろうなって」
いいですねって七海は笑ってくれた。
具体的にどこにいこうとか、どこにいってみたいとか、ちょっとした憧れを話すのに歩き続けていたら疲れるだろうと思って、そのあたりにあったベンチに座って二人で話し込む。
そうした話をしていたら、俺たちのことを探していたというようにスタッフさんが走ってきて来て「一十木くーん、七海さーん、そろそろ始められそうだからー!」と呼ばれてしまって、そんなにも二人で話し込んでいたのかと俺たちは二人で顔を見合わせて笑った。

たかさか
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