春が、忍び寄ってくる(音春)

  • だいぶ昔に書いた音春シリーズのひとつです、AAが出たくらいのあたり?の話なのでしょうか、会いたいという自分の気持ちに気づく春歌ちゃんみたいな話です

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 三連敗だ。別に数えることなんかじゃないと思う。でも冷静に、今日の「ごめんなさい」から逆算すると、今日で三回断られたからようするに三連敗してるのだと気づいた。

 仕事を終えて一人で帰る夜道の風は冷たい。仕事先のロケ現場は賑やかな繁華街だったこともあって余計に住宅街の立地の中にある寮付近まで戻ってくるとそのギャップが激しい。

 むせるくらいに人がいて、熱いくらいに照明を浴びて、かわるがわる色んな人と色んな話をしてからここに戻ってくるとまるで違う世界から戻ってきたような感覚になる。

 途中で寄ったコンビニで懐かしいお菓子を買った。一つ三〇円くらいの小さなチョコ。本当はお腹が空いていたはずだからがっつりとしたコンビニ弁当でも買おうと思ってふらふら入ったのに気づいたら二、三個買っていた。

 コンビニを出て、小さいチョコを一粒口に放り込む。

 小さい頃はこの一粒だけでも満足できたのに、大きくなった口はそれ一つじゃ足りないなんて物足りなさで、口の中が乾くような満たされない気持ちに少し不満になった。

 でも本当は口の中で感じる甘さが欲しいのではないかもしれない。そう考えると、今欲しいものはここには売ってないことに気づいて、俺は足早に立ち去った。

 思えば自分の仕事が忙しくなってきたとき、春歌はすっごく嬉しそうにしてくれた。会えないのは寂しいけれど、何よりアイドルとして俺が頑張っているのを見るのがこの世界で一番幸せなんだというように。

 俺と一緒に作った曲で、俺が売れたのと同じように、曲を作った春歌の才能はやっぱり色んな人に伝わった。そうするとやっぱりたくさん春歌も仕事が増えていく。

 それは本当に喜ばしいことで、彼女が認められていく世界は俺が大好きな音楽が皆にも愛されていってるってことと同じで、たまらなく嬉しくなるのだけれど、その一方で俺と一緒じゃない仕事が増えていく春歌を見ると、なんだかちょっぴし寂しいんだ。

 ポケットにしまいこんでた携帯電話を取り出す。

 夜遅くまでのレコーディング、仕事の打ち合わせ、お互いの隙間時間は全然ぴたりと合わない。

 彼女にもう三回も「ごめんなさい」って言わせちゃった。「忙しい」ってこんなに会えないもんだなって改めて思う。いくら忙しくたって「会える」でしょ、なんて思ってた。

 でも実際は時間を作らなくちゃ会えないもんなんだなって思い知った。

 明日はなんだっけ……、ドラマと雑誌の撮影、インタビューに、あーあとなんだっけ……、あーわかんない。あの頃はいつだって大好きな歌のことと、君のことだけで頭がいっぱいだった。なのに今や色んなことを考えるのにいっぱいいっぱいだ。

 忙しくなりはじめた頃にそんなことをぽろっとトキヤに話したら「そういうものです」と言っていた。

 あいつも昔はそんな気持ちのまま仕事をしていたんだろうか。あなたは何も知らなくていいですね、なんて嫌味でいってるんだろうなんて思っていたけれど、今思い返してみればあの時のトキヤの表情は、そういうものじゃなかった。

 なんだか懐かしいものを見て、羨ましいというような、そんな寂しそうな表情をしていた、そんな気がする。

 時は過ぎてしまえば今日は昨日に、気づけば明日がやってくる。新しい曲を歌えることの楽しさは夢にあふれているけれど、時折新曲だけじゃなくて昔の曲を選んで歌うとき、ありとあらゆることを思い出す。

 今日の歌番組では好きな曲を一つ選んで歌っていいって言われたから今の気持ちにあわせて俺はあの曲を選んで歌ってきた。

 あの時、何を感じていたのか、何を想っていたのか、どうしたかったのか、何になりたかったのか、そのすべてを思い出して、取り戻せるように。

 ……それにしたって明日の仕事のことは今日思い出したって明日にはまた、忘れそうだから予定の確認は明日だな、明日……と思って考えることをやめて歩きだす。

 最近はタクシー直乗りで帰ってきちゃってたけど、今日は寄り道もして帰ってきたからなんだかちょっと気持ちが楽になった気もする。外に出て散歩すると気分転換になりますよ、なんて春歌もいってたなぁ。

 寮に戻ってきて、自分の部屋を目指してなんとなく歩いていると、部屋の目の前に誰かがいる……。

 その人は俺の部屋の扉ですぅーっと息を吸ってから意を決したかのように呼び鈴を鳴らそうとして、でも腕時計の時間をもう一回確認したり、部屋の明かりを気にしたりしてから、呼び鈴を鳴らす手を止めた。

 それから手にしていた携帯電話を見て、一生懸命、何かを操作してから携帯電話をしまいおえた。

 と同時に俺の持っていた携帯電話がぶるぶるっと震えた。

 内容を全部読まなくても、差出人名と件名を見てからすぐに、俺の部屋の前から離れて自分の部屋に戻ろうとする彼女の名前を俺は呼んだ。

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