春が、忍び寄ってくる(音春)

  • だいぶ昔に書いた音春シリーズのひとつです、AAが出たくらいのあたり?の話なのでしょうか、会いたいという自分の気持ちに気づく春歌ちゃんみたいな話です

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 正直いって、無理をしたら会えたのかもしれない。

 でも冷静に考えてみると、音也くんが仕事を終えてからの移動時間を考えると、負担がかかるなと思った。

 以前に事務所で、月宮先生がオトくんの仕事、大分詰まってるのよねぇ、龍也が調整するのに苦労してたわ、といっているのを思い出したからだ。

 話したいことはたくさんあった。

 こないだ作った曲のアレンジ部分どうだったか、とか、CMソングのコンペに通った話だったり、音也くんが楽しみにしていた漫画の新刊がでてたけど買ったかな? とか、……でも全てを話すのには全然時間が足りなくて、話したいと思ったことを全部を我慢して、わたしはこう切り出す。

「ごめんなさい。今日は打ち合わせが長引きそうで……。音也くんはこのあと生放送だよね?」

「うん、その準備がいまからあるかんじ。あ、ごめん俺もうそろそろ行かなきゃ!」

「はい! がんばってください!」

 最近、お互いに「会いたい」って言葉を使うのを無意識に避けている気がするなぁ。多分、「会いたい」って気持ちがお互いの仕事に挟まると負担になるんじゃないかって、気にしているような気がする。

 以前はそんな事を考えることもなくただ会っていたのに、その言葉を気にするようになったのは、もしかしたらわたしたちが「大人」になっていっているからなのかもしれない。

 一五歳のときに出会ってから一六……、一七、……一八をこえて、二〇歳……。

 どちらかというとわたしの方が音也くんが「会いたい」っていう前に先回りしてしまっているような気も。本当はすっごく会いたいのに、なんだか邪魔しちゃいけないような気もして。

「はっ! 生放送……」

 このあとすぐ打ち合わせだからぎりぎり見れるかわからないけれど、音也くんの出番はこの後くらいだ。事務所の談話室にあるテレビをあわてて借りて、音也くんが出演する歌番組にチャンネルを合わせると丁度曲紹介が入ったところだった。

「あの伝説の卒業オーディションで披露したあの曲を今もう一度!」なんて司会の人からの紹介でイントロがかかる。

(音也くん、この曲選んでくれたんだ)

 そういえば、この曲を作っていた時はもう毎日のように会ってたような気がする。喉が潰れちゃうかもしれないくらいに気合をいれて練習する音也くんにちょっと休んだほうがいい、なんてアドバイスをしたりもしたけれど、一方でわたしも彼の歌に突き動かされて曲の続きをどんどん書いていたっけ。

 彼の歌声もあの頃の荒削りさとは違って洗練された気もする。でも、「この急に高くなるところは英語にしようとおもうんだよね」と笑顔でいって、歌いづらいかもしれないのに叫ぶように歌うその英語のワンフレーズの歌声からは当時と変わらない魂のような叫びが聞こえてきた。

「会いたいなぁ……」

 そんな彼の歌をテレビ越しに聞くと、そんな言葉がぽろりと溢れた。あれ、と思って唇に触れるけど、すごく無意識につぶやいていたみたい。

 素直に「会いたい」って言えばよかったな、って今更ながらにそう思う。

「ごめんなさい」なんて言葉ではなくて、「会いたい」って。

 この歌を選んでくれた音也くんはどんな気持ちで今いるのだろう。ごめんなさい、なんていうわたしからの話を聞いているとき、ちょっと言葉に詰まったあとで「ううん、しかたないもん、今ふたりともすっげー忙しいし」と言っていた。

 結局打ち合わせをしてる合間の時間にも彼のことを思い出してしまうし、何も手につかない。

 本当はこんな時間まで事務所にいることを日向先生は快く思ってはないみたいだけれど、仮眠室をあけてくれて、少し休んでから戻るよういってくれた。

 ここ数年のうちに仮眠室で眠るのにも、慣れてきてしまった。

 普段と違うベッドと枕、それにリラックスできるような姿ではないけれど、今は眠らなくちゃと本能で休息を求めているのかもしれない。

 仮眠をしているといっても瞼を閉じて脳を休ませているという感覚に近い。

 だからそろそろ帰らなくちゃと思った頃には閉じていた瞼を開いて、事務所に二十四時間常駐している警備員さんに戻るということを伝えてから、事務所寮にある自分の部屋へとタクシーを使って戻る。

 事務所寮について、そのまま部屋へと戻ろうとしていたはずなのに、気づけば走るように、自分の部屋ではなく、となりにある音也くんの部屋で止まってしまった。

(は。音也くんも仕事だから……今は、部屋にいない……のでは?)

 肝心な音也くんには、会いたいと一言も言えずにこの場に立っている事に気づいて、色々と躊躇った。

 部屋にいたとして、仕事から帰ってきて疲れて寝ているのでは……? たくさん色々なことを考える。気持ちはこんなに会いたいなんて思うのに、ものすごく冷静に色んなことを考えてしまう自分がいて、どうしたらいいのかわからなくなった。

(……冷静になって……一回、連絡……)

 携帯電話を取り出して、……、電話、いや、メールにしようとメールを打つ。

 生放送の曲を聞いてすごく懐かしい気持ちになったこと。今あらためて音也くんの歌を聞いて感じたこと嬉しかったこと、それにかっこいいなと思ったことを書き出したあとに、この続きは今度会ったらするね、と付け加える。

 音也くん自身も、ほんの少しでも「会いたい」って思ってくれてたらいいなぁ、なんて思いながら。

 今日はもう無理でも、翌日に「おはよう」とか「こんにちは」くらい言えるそんな時間があったなら、もうそれだけでいい気がする。

 メールを打ち終えて送信、それから携帯電話をしまって自分の部屋に戻ろう、とした時に「春歌」って名前を呼ばれた。

 呼ばれた方へと身体を向けた先にはもう音也くんが走ってきて、その勢いのまま抱きしめられる。

「わっわっ、わわわ、わっ!」

「……、は、るか~~~~~~ッッ!!」

 ぎゅって自分を抱き寄せるようにする音也くんの力にいつも負けそうになるけれど、わたしも今日は一生懸命に彼の身体を自分に引き寄せるように抱きしめる。

 抱きしめられた彼の胸の中から顔を引き上げて、彼を見上げる。「ん?」というようにニコニコした笑顔でわたしを見下ろす彼の瞳を見つめながら、「あのっ、あ、あ、会いたかったです」と伝えたかったことを言葉にしてみる。

「俺も、」なんて言葉を続けてくれようとしている彼にむかって、踵をあげる。履いていた靴が抜けるのがわかったけれど、それでも、届くかわからない距離に必死に背伸びをしながら、彼の唇に触れた。

 触れた瞬間に、彼の吐息と一緒に「へ」という声が漏れ聞こえて、我に返る。

「……ごめんなさい、いきなりほんとすみませんごめんなさいっ!」

「え……なんで謝るの?」

 会いたかったって伝えたかった自分まではわかる。そこまでは自分でもわかる。でもぎゅって抱きしめられてから、彼の腕の中に抱きしめられながら、あんなに優しい眼差しで見られてることがわかったら、色んなものが込み上げてきて、彼に触れたいってそう思ってしまった。

 

 よく音也くんが好きだなぁ、って思うとキスしたくなるっていうけれど、今その瞬間の意味がわかった気がする。

 だってわたし、恋の仕方なんて誰からも習ってない。好きになったらこうなっちゃうとか、好きになったらこうしちゃうとか、こんな風に会いたくなってまっすぐ部屋まで走ってきちゃう自分なんて恋する前は知らなかった。

 

 脱げた靴を無意識に足で探そうとしたのに、見つからない。どこだろうなんて下手くそな裸足のステップを繰り返しているうちに、彼の腕にもう一度抱き寄せられて、わたしがした触れるだけのキスじゃないキスを音也くんがしてくれる。

 なんだろう……、とっても……深くて、それに甘い。なんだかチョコの味がする……? 甘い、なんていう感想がつい言葉にもなっていたのか、それに反応して音也くんが答えを教えてくれた。

「あ。それはさっき俺が食べたチョコの味かも」

「……チョコ食べてたの?」

「う~。だってなんか口寂しかったの」

 ちゅ、ちゅ、ともう一度、何回も。会いたかったなんて言葉をキスで表現したらこうなるんだろうってくらいに何回も、繰り返し繰り返し、吸い付いては離れて、どれだけしても足りないってことがお互いにわかるくらいにキスをする。

「お、おとやくん、も、もう……ここ廊下だしっ……」

 ジジジと廊下にあるランプが点滅したことで急に現実に引き戻される。音也くんは「……でもキスしたの春歌からだよ?」とただの事実を突きつけられて弱ってしまう。

「だ、だからってここでいつまでもキスしてるのは……どうでしょう……」

「場所も時間も、カンケーないよ。今日春歌にここで会えて……そんでキスできるならもどうもうなっちゃってもいいよ俺」

「音也くん……」

「あ、でもここ防犯カメラあるからめちゃくちゃ映ってるかも」

「えっ!? えぇえ!?」

「でもこうすればカメラからは死角じゃない?」

 くるりと場所を入れ替えられて、音也くんの部屋の玄関のドア前に背中を押し付けられたみたいになる。

 変装のためにしていたメガネを煩わしそうに左手で外して、そのまま腕をドアに押し付けながら、逃げ場所がないまま追い詰められたように何回もキスをする。繰り返し繰り返し……。

 夜遅く、シンとした世界の中で、二人がキスの合間に息継ぎする時の声や、唇同士が触れ合ったり、離れたりする濡れた音だけが廊下に響く。

 それでもわたしたち以外の気配を感じると、音也くんはわたしが背にしていた扉についていたドアに鍵を刺して開いた。

「わっ……わわ」

 完全に体重を任せていた扉が開いて、音也くんの部屋の中に吸い込まれていく。このまま倒れてしまう、なんて恐怖も一瞬で、すぐ音也くんに引き寄せられて、また今度は音也くんの部屋の玄関の扉、今度は内側にまた背中を押し付けられて首筋にキスされる。

「……もー、俺、すっげー春歌に夢中。夢中すぎて泣きたい」

「ひゃぁ、うっ……」

「ん、春歌の匂い……」

 すんすんと、鼻を鳴らした音也くんがまるで獣みたいにぶつかってくる。たしかにっ、キスをしたのはっ、わたしの方からだけど、こんなに音也くんのスイッチを押してしまうとは思わなくって、何がなんだかわからなくなる。

 ここ玄関なのに……、こんなところで……。

「ん、春歌、髪結んでる……?」

 頭を撫でてくれていた音也くんの手がリボンの結び目に気づいたのか、そこを触りながら聞かれる。

「最近ちょっと伸びてしまって……」

「もしかして最近ずっと髪結んだりしてた?」

「? ここ一週間くらいは髪留めてたかも」

「お、俺の知らない間に、髪を結んだ春歌が……」

「忙しいと、どうしても髪型まとまらなくって……ごめんね」

「?? なんで謝るのっ。髪まとめてるのかわいいよ。とっても似合う」

「……音也くんもちょっと今日は髪型が違いますね……あっ、生放送のときのセットだからかな? ここ髪の毛つんつん立っててかっこいい」

 お互いのちょっと見ない間に変わったほんの少しの変化に気づいて褒め合う。ずっとそばにいたとしても気付けるような気はしたけれど、あらためてこうやって会えない時間の間に起きた自分たちの変化が新鮮でいつも一緒にいるだけじゃなくて会えない間の時間すら愛しくなることに気づいた。

「春歌?」

 さっきまで弾んでいたはずの音也くんの声が急に真剣になって、声に吸い寄せられるようにして彼を見上げる。なんだろう?

「……、どど、どうしたの?」

「え?」

「だって……泣いてるよ……」

 何が、って続けようとして自分の異変にようやく気づいた。目尻からぽろりと重みのある涙の粒が頬の坂を下って滑り落ちていくことに。

「嘘……」

 わ、わたし泣いてる? どうして?

 音也くんに久しぶりに会えたから? 会いたかったって思ったけど、そんな、泣きたいくらい会いたかったのかなあ。

 たぶん、会えたことはとっても嬉しい。嬉しくて……本当に嬉しいけれど、本当はきっと……、音也くんが、そんな風に会いたいと思ったわたしと同じくらいに、会いたいって思ってくれたことが本当に嬉しかったのかもしれない。

「どど、どうしよう? やっぱ廊下でたくさんキスしたのがやばかった!?」

「ほんといけないですよね……しちゃだめです……」

 こんなに涙が溢れてくるのに、心配そうにわたしを優しく見つめる音也くんを見るたびに笑顔があふれる。

 わたし、笑いながら泣いている。

 おろおろした音也くんにむかって、わたしは言う、「大丈夫です」と。

 わたしたち、大丈夫だって思う。

 きっと一緒にいない時間があったとしても、会えない時間が続いたとしても、これから先変わらないものなんてないってわかっていたとしても、またこんな風に確かめ合って「大丈夫」だって思えるような出来事を重ねていけばいいから。

 恋の仕方も、愛情の表現も、まだまだうまくできないことばかりで、会いたいっていう一言すら上手に言えないわたしだけれど、こうして求めれば応えてくれる彼が目の前にいてくれるだけで幸せだってそう思う。

「寂しかった?」

「うん」

「会いたかった?」

「うん」

「……キス、したかった?」

「……うん」

 最後の質問はうまく応えられなかったかもしれないけれど、「俺もいっしょ」と音也くんがぎゅっと身体を自分の方へと引き寄せるように抱きしめてくれた。

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