君のことばかり、見てた

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 HRの時間が終わりだってことを告げるチャイムが鳴り響く。

 同じ空間にいるのに、今すぐそばに行きたくなってすぐに立ち上がって七海の元へ向かうと、最初の頃みたいに友千香が俺の前に立ちはだかる。

「あれ。音也、ネクタイは?」

「ん? あそこ」

 友千香に聞かれて俺も思い出したけれど、そういえば俺のネクタイは七海が結んだままだったと彼女の胸元を指さすと七海も気づいたようで、「あ!」と小さな声をあげた。

「すみませんネクタイお借りしたまま……」

 七海の手が結び目に触れた瞬間に「ストップ! いいから! そのままでいて!」と俺は必死に押し止める。

「え、でも」

「だってこの方が七海は俺の彼女ですって、目印ついてるみたいでいいじゃん」

「だぁからぁそういうとこぉ~!」

 友千香の最初に聞いた時よりもでっかい声が教室内に響く。

 いつだって俺に対してでっかい声でツッコミを入れてくれたけれど、最初の頃はここまででかくなかったし、こんなに声も伸びていなかった。

 トモちゃんは毎日毎日自主練をしてるんです、発声方法も歌い方にも詳しいから色々と相談して……と七海が俺と練習する時によく教えてくれた。

 気づけば、ぷんぷんした様子のマサが隣で腕組しながら立っている。七海が身につけているネクタイはお前のか、と尋ねられたので「そうだよ」と軽く答えるとなんだか不満そうだ。

 那月は七海にむかって「ネクタイも似合ってます、とってもかわいいです~」といつものように可愛いものをみーつけたというように嬉しそうに褒めていた。

「じゃあマサのセーター、七海に着てもらう?」

「どうしてそうなる」

「あーでも、セーターはな~ネクタイよりも七海に触れる面積が広いっていうか……」

「何の話をしている……」

 最後だし、お願いすればしてくれると思ったけど他の男の服を着ている七海を見るのは厳しいなぁと俺はうーんと唸る。

「那月は何かしたいことある?」

 ネタに詰まって何となく問いかけると、那月はぱあっと顔を明るく変えて、両手を合わせながらとんでもない提案をした。

「僕のクッキーを皆さんに食べてほしいです! 最後なので張り切ってたくさん作っちゃいました」

「待て、違う意味で卒業しちゃうからそれはやめよう……!」

 ずももももというように異様な空気を見せている那月のクッキーは当時から何も変わっていなさそうな破壊力を持っていそうだ。

 破壊力がさらに増して成長しているというところはあるかもしれない。

 

 にぎやかなやりとりを続ける中で、そろそろ帰るねと別れの挨拶を交わしているのが聞こえる。

 じゃあな、またな、と声をかけられて、クラス内の人数が、ひとり、また一人と減っていく。

 那月も、寮の引っ越し準備があるということでSクラスから翔が迎えに来ていってしまったし、マサもりんちゃんに頼まれて卒業の書をしたためなければならないとよくわからないことを告げて去っていった。

 いつも仲良くしていたメンバーは皆、シャイニング事務所への所属が決まっているからまた会える。

 だから、ここで、お別れというわけじゃないはずなのに、今日お互いに交わす「ばいばい」「またね」はもう繰り返されることがないことなんだなって、ちょっぴり切なくなった。

 毎日を過ごしていると気づけないことばかりだったのに、終わりの方になってようやくそんなことに気づいてしまう。

 

 本当はすぐに二人きりになりたかったから、二人で抜けようぜなんて誘おうと思ってたのに気づけばクラスに二人で取り残されてしまった。

 あんなに賑やかだったのに、静まり返った教室。机の上に乗せたスクールバッグにロッカーに溜め込んでたものを持って帰るようにとりんちゃんに言われてたので突っ込んでいく。

 その様子を七海が見守ってくれている。七海の荷物は身軽そのものだ。徐々に片付けをしていたから、最後の日に持って帰るものは、ほぼないのだという。

 そんな彼女が最後に手にしていたのは、この一年間ずっと使っていた作曲のためのノートだと思う。いつも使ってた五線譜も何枚か挟まっていて、今日も空いた時間に作曲してたのかな、なんてそう思った。

 ようやくロッカーの中が空になった。トキヤから借りっぱなしで、落書きもしちゃっていつ返そうか悩んでた教科書が出てきたり、こっそり食べてゴミだけ突っ込んでたチョコの包み紙が出てきたり、だいぶ魔境だったな。

 すっかり待たせてしまった七海の方へと視線を向けると、彼女は黒板に書かれていたたくさんの落書きに見とれてるようだった。

 アイドルとしてデビューできたらって授業の課題で考えたサインを、みんなで書いたんだよね。

 もちろんアイドルとしてのデビューが約束されていないままの人もいるし、アイドルを目指すことをやめて裏方に進んでいく同級生もいる。芸能専門学校である早乙女学園に通ったことで、必ずしも全員が夢を叶えられたわけではなかったけれど……。

 一方でシャイニング事務所への所属が決まったからって、まだスタートラインにすら立てていない気もするから、これからなんだって思うとやっぱりドキドキするし、ワクワクする。

 アイドルとしてのこれからも、そして、大好きな君と過ごすこれからも。

 真剣な、でも面白いコメントを見つけるたびにニコニコと表情を隠せずに微笑みながら黒板を眺める君を見つめる。

 

 変わらずに俺は君のことばかり見ていたけれど、最初に見つめていた頃も可愛かったけれど、もっと可愛くて、綺麗になったねってそう思うんだ。

 

「七海っ」

「はい」

「随分待たせちゃってごめん、荷物の整理できたからこれでりんちゃんにも怒られない……と思う。そろそろ行こうか」

 スクールバッグを持ち上げたのを合図に、七海も行きましょうと俺の隣に並ぶように歩いてくれる。

 朝早く七海のことを廊下で見かけたら走って追いかけて「おはよう!」って挨拶をして一緒に歩いた。

 授業が終わったら、真っ先に七海の席までいって放課後に「練習しよう!」って誘った。

 それで、中庭に出たり屋上に登ったり、ギターを弾きながら一緒に歌ったり、教室の隅っこでああでもないこうでもないって話し合ったりレコーディングルームに二人でこもって、色々したね。

 なんでだろう。

 何も変わってないはずの廊下をただ歩いているだけなのに、胸が詰まる。ここが……きゅうってなる。

 中学を卒業した時、今までの仲間たちと別れることになるのは寂しかったけれど、それ以上に早乙女学園に入学できるのがすごく嬉しかった。

 早乙女学園を卒業するってことはアイドルになるってことなんだから、こんな出来事ワクワクしないはずはないし、そのことばかりを考えるはずなのに、君との思い出があまりにもこの場所には詰まりすぎていて、これから先への楽しみばかりで上書きして終わりにだなんてできない。

 いつもと変わらない夕焼けが窓から射して、橙色に染まってとっても綺麗だなってそう思うのに、悲しい……とは違う、そうかこれは寂しいんだってこの感情に気づいて、俺は隣を歩く七海に話しかけた。

「七海。一年間、一緒にいてくれてありがとう。これからは……あー、えーと……何年かとか、そういうのは全然わかんないけど……とにかく! いつまでも一緒に頑張ろうな」

 足を止めて、よろしくの意味をこめて手をのばすと、七海は慌てた様子で、こちらこそっと手を伸ばして握手してくれる。

「はいっ。一十木くんの……音也くんの歌が色んな人たちに届きますように。アイドルになった一十木くんのことを大切な人が見つけてくれますように。その夢を叶えるためのお手伝いを、わたしにもさせてください」

 俺の夢。アイドルになりたかった理由の一つをさらっとだけ話したつもりだったのに彼女は覚えてくれていた。

 そのために頑張りましょうって、そう言ってくれる人と俺はここで出会えたんだって思うと、胸の中に詰まっていた何かが溢れていきそうになる。

 何かを失くしてばかりだったのに、俺は君と出会ってから色んなものをもらってばっかりだ。

「七海の夢は? 俺にも七海の夢を叶える手伝いをさせてよ」

「わたしの夢は……アイドルの方に……、一十木くんがキラキラと輝くような素敵な曲を書くことです」

「うん。じゃあ俺はビッグなアイドルになって、たっくさん歌うよ。そうだなーやっぱシャイニング早乙女を飛び越えるくらいになりたいよね。『愛故に』みたいに、俺がこの歌を聞いて感動したのとおんなじように、誰かにそういう気持ちを届けられるアイドルになりたいな」

「一十木くんは、なります。ビッグで素敵なアイドルに」

 揺るぎない自信に満ち溢れた瞳と声でそう言い切られる。七海は自分のことには自信がなさそうにするくせに、俺のことになると絶対にそうだと言いきる強さがあるから、照れながら「うん……! ありがとう」と返事をした。

 歩いていると、お互い肩からかけていた鞄が揺れる。

 最後くらい……手を繋ぎたい。そう思うのに、いつもはそうしたいですぐ出来るし、さっきだって握手もしたのに、初めて手を繋ぎたいと思った時と同じくらいに緊張してしまうのはなんでだろう。

 大好きな女の子と手をつなぎたいってだけなのに、掌から無限に汗がじわじわと沸いてくる。

 うおー、ヤバイと思ってポケットに手を突っ込むと預かったままの七海のリボンが出てきた。

 すぐに返さなくちゃと思ったけれど、なんとなく手元に置いておきたくて、リボンにはもう少しだけ俺のポケットの中にいてもらうことにした。

 あぁ、手を繋ぎたい。どうしよう。困ったな。寮までの帰り道はもう少しで終わっちゃう。

 どうにかこうにか道が伸びないかな。もう一周しない? とかなんとかいって、グラウンドの方まで行くか?

 校門をくぐって、男子と女子に別れている学生寮に向かう道に入ったら、今日みたいに七海と一緒にこの道を帰ることはないんだろう。

 寂しいな。

 そう思って、七海のことを見ると、七海も俺の視線に気づいて、ちょっとせつなそうに「寂しいね」と呟いた。

 気持ちが一緒だったのが嬉しくて勇気が出て、手をこっそりこっそり忍びのように動かしながら、小指だけでちょんちょんと七海の小指に触れる。

 いつものように(手、繋いでいい?)って聞かない俺の不審な行動に気づいてるだろうに、それでも七海はゆっくりと俺の手を包んでくれた。

 

 手を繋ぎながら、きっともうこの制服を着て歩くことはないだろう道を、少しずつ歩いた。

 少し眩しいくらいの太陽が歩こうとする道を照らしている。

 それじゃまたねって二人が出会った場所に手を振る。

 これからたどる道がどうか、今日見た太陽みたいに、眩しく輝いていますように。

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