#3 好きな人、いる?
「後輩ちゃんってさ、好きな人いる?」
思えば春歌にとって、こんなことを真っ直ぐに聞いてくる人に出会ったのは初めて、だったかもしれない。
それも、ただの質問ではなく、答えようによってはこれから先に影響するような質問かもしれない、なんて身構えてしまったのは、きっと何も知らなかった頃の自分ではもうないからだ。
その問いをした寿嶺二、という先輩は別に答えを欲しているわけではないというのも、今とはなっては察せるようになってきていた。
「……好きな人……、うう~ん……寿先輩はいらっしゃいますか?」
悩んだ末に、思いもよらぬ問いが、つい口から飛び出す。
「ええっ? 逆に先輩にそんな質問するなんてことあるっ?」
あはは、と嶺二が声をあげて笑う。
後輩ちゃんは面白いねぇ、とその反応を本当に楽しんでいるという様子のまま、嶺二は春歌が答えないだろうと思っていた問いに答えた。
「いつまでもトゲのように刺さって抜けない、みたいな人はいるよ」
「トゲみたいに?」
じゃあ痛いのかもしれない、なんてわかりやすい表情で反応した春歌に、嶺二は本当に君はわかりやすいね、と続けた。
「ボクくらいの大人になっちゃうとね、そういうのは、いつの間にか忘れられない人に変わっちゃうんだよ」
にこにこした表情のままで語る嶺二を見ていると、この人は本当に笑ってるのかな、なんて不思議なことを春歌は考え込んでしまう。
楽しそうなのに、話している内容はどこか物悲しいような気がして、これは聞いていいことだったのかも、答えてもらってよかったことなのかもわからない。
「ま~、ぼくちんの話は差し置いてね」
この話はこっちに置いておきます、と身振り手振りのジェスチャーを加えながら、嶺二は本題に入りたいというように話を進めた。
「後輩ちゃんさ、最近よくおとやんに声をかけられてるでしょ」
おとやん、という寿嶺二の独特な名前の呼び方をあらためて感じた。
あぁ一十木くんのことだ、と理解するのに時間はかからなかったけれど、その後の「声をかけられている」ということについてはどんなだったかな、と事務所でのやりとりを春歌は思い出す。
そういえばここ最近、二人で出かけない? という主旨での声かけが多かった気がする。
打ち合わせの日と被っていたりしたから、予定が単純に合わないということもあって、結局出かけるということはしなかったけれど。
声をかけられているということに心当たりがあります、という表情に変わったのを察してか、嶺二は「うんうん」とそうだよねー、というように続けてから、本題に入るね、というように切り出した。
「おとやんからの誘いは断ってあげてほしいんだ」
「……断る、ですか?」
ここはシャイニング事務所にある、会議室の一つだ。
たまたま春歌が事務所に所用ができて立ち寄ったところで、「後輩ちゃ~ん」と癖のある間延びした声が聞こえてきたと思ったら、話があるからこっちおいで~と呼び寄せられて気づけば二人でミーティング、という状況だった。
嶺二から声をかけられた時に、春歌は一体何の話なのだろうと考えた。
作曲家である自分との接点といえば、曲作りくらいなものだけれど、ここ最近では新曲の話もなかったし、事務所の中とはいえ二人きりで、と言われた時に話す内容に思い当たるようなことがなかった。
とはいえ、自分がまだ知らないだけであって、新しい企画や何やらがあるのかもしれない。
だとしたら、次はどんな曲にしようか、曲のことを考えればワクワクしたし、自分の作った曲をどんな風に歌ってくれるのか、それを考えれば考えるほど、ドキドキした。
しかしこうして話してみると、本題として降り掛かってきたのは、同じシャイニング事務所に所属していて、今やST☆RISHとしても活躍している一十木音也からの誘いを断って欲しい、という内容だった。
「まあ、単純に事務所でそういうわかりやすい声かけはやめようね、という啓蒙なだけなんだけど」
深い意味はないよ、と嶺二は肩を竦めながら言った。
何しろボクたちはアイドルで、そのアイドル業に勤しむのに、事務所内とはいえ堂々と女の子に声かけてたら変な噂立っちゃうでしょ? というごく当たり前の話だった。
「だから、おとやんのためにも、後輩ちゃんはおとやんからの誘いはお断りしてあげてね」
「なるほど……わかりました」
そう言われてしまえばそのとおりだ、と春歌は素直に頷いた。
これから先、音也に限らずアイドルとして活躍していく彼らのことを思えば、自分自身が彼らの足枷になってはいけない。
そうしたことを今一度しっかりと自覚して、距離を作るということを意識しなければ、とあらためて自分が置かれている立場のことを再認識した。
「おとやんにはボクからも、女の子に声かけすぎるなよ~とは言っとくから」
「一十木くんって、色んな女の子に声かけてるんですか?」
嶺二がウィンクしながら話すの聞いて、つい考えていたことが疑問そのまま口から出た。
今回は事務所で、という話だったけれど、現場でのことは春歌も知らない。
嶺二と音也は一緒の仕事をしていることが多いというのは、彼らの仕事での様子を見ていればわかることだから、もしかして、他でもよく女の子に声をかけていたりするのかな、と何となく気になったと思ったらもう口に出ていたのだ。
「あらぁ気になるぅ?」
なぜか嬉しそうに嶺二から聞き返されて、どうしてこんな興味津々そうに反応するのだろうと春歌は首を傾げる。
「き、気になるといいますか、なんとなく気になったといいますか……」
「それはおとやん本人に聞いてみなよぉ~っ!」
なぜかとっても楽しそうに返ってきた返事に、本当に本人に聞いてもいいことなのかな、と春歌は不安になってしまう。
目の前にいる先輩が、こんな風にイタズラっぽく笑う時はよからぬことを考えている時だ、というのは普段からの態度で察することができるようになっていた。
「それで、おとやんが何て答えたのか知りたいなあ……あぁこれは個人の興味だから先輩命令とかじゃあなくてね。後輩ちゃんが聞けたらボクにも教えて、くらいのレベル」
「寿先輩は、知らないんですか?」
一緒の現場にいる機会は多くて、なおかつ今回のように事務所での声かけについては知っているのだから、やはり知っていることがあるのではと、なぜかつい踏み込んで聞いてしまう。
すると嶺二は「う~ん、連絡先交換とかはすぐにするよね、彼」とそういうのは知ってる、と教えてくれた。
「だっておとやんだよ。友達百人できるかな~みたいなノリで毎日仕事してんだもん、そういうのはお茶の子さいさいでしょ」
だから交友関係については、先輩としてもう関知できないところまで広がってるかもしれない、と嶺二は自身の顎先に手を触れながら考え込むような仕草を見せた。
とはいえ考え込むような仕草も一瞬で、嶺二の表情がすぐにくるくる変わるのを春歌は見ながら、やっぱり掴みどころのない人だな、とあらためてそんなことを思う。
「ま、そゆとこがおとやんのいいところであって、もしかしたら弱点になりうるところかもしれないから、事務所の先輩としてはあたたかく指導してあげたいわけっ」
言いたいところはそんなところ、と嶺二は会議室にある壁時計を視界にいれてから、思ったよりも話し込んじゃったなと独りつぶやいた。
春歌がこんな風に色々と聞いてくるということをあまり想定していなかったからかもしれない。
アイドルとして育てているつもりの事務所の後輩たちとは違って、七海春歌は作曲家で異性であるという事も含めて嶺二にとっては珍しいタイプの後輩だ。
アイドルとして活動する後輩たちには、自身のアイドルとしての経験も踏まえて伝えられることはたくさんあるけれど、はたして目の前にいるこの女の子には、一体自分は何ができるのだろうと、嶺二は考えてしまう時がある。
そうした悩みすらも、何しろボクは先輩だからね、とその一言ですべてを包むようにしながら、不安にさせないように彼女の前でただ微笑む。
「おとやんも後輩ちゃんも、ボクにとって大切な後輩だからねえ。二人にとってこれからも幸多からんことを祈って、れいちゃんは今日も為になるアドバイスをするのでした」
ぽんぽんと、急に頭を撫でられて春歌は嶺二のことを見上げる。
なんだかごまかされてしまったような、そんな気はしたけれど、間違ったことは言われていないということはわかっている。
それでも、今日の話は理解できたとしても「おとやんの誘いは断ってあげてほしい」と言われたことが寂しいと感じたのはなぜなのだろう、と春歌はそんな事を考えた。

たかさか
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