ときめき

  • pixivでシリーズとして公開していた「ときめき」の再録です。

    改行がうまくいかなくて読みづらくてすみません……

    時空としてはマジLOVEシリーズ軸のマジレボ嶺二回で音也くんが春歌ちゃんが遅くに帰ってきたのをみて(むむう!?)みたいな表情で見ていたのが印象的だったので、そのときの感情のまま突き進み、知らずしらずにときめきがはみ出ている一十木音也くんが怒涛にお誘いして……な音春のお話です。
    (どんな時空)

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#10 間違いばかりが増えていく

「あっ、その本、わたしも読んだことあります」

「ああ、これ?」

 読まなければ、読まなければと思いつつ読んでは、時間がなくて読みきれなかった本を指さされて、音也は「七海はこの本、読んだことあるんだねえ」とその本を手に取って開いた。

 はい、と興味深そうに頷く彼女に、「こっちおいで」と自分が座っていたベッドの隣へと誘って、この本、表紙がすごい綺麗だよね~、あ、ほらドラゴンぽい何か、と音也が雑に指さす。

 ドラゴンぽい何かて、と春歌がくすくす笑うのを見て「ほら冒険者ぽい何か」と隣にいる人物を指差すと「一十木くん、何か、だけじゃなくて正体を知るのに本を読んでください」と春歌が呆れたように笑った。

 

 あぁやっぱり、君の笑顔が好きだなと音也は思った。

 自分がアイドルをしていて、笑顔が素敵だってよく褒められるけれど、大好きな人の笑顔ってたまらなくいいよねって思う。

 とくに二人だけで話している時に無防備に笑って見せるそうした瞬間が好き。俺だけを見て、俺のことで頭をいっぱいにして、俺にだけ見せてくれてるんだなあと考えると胸がドキドキする。

 ドキドキするのに、そこからどうしたらいいのかがわからなくて、音也は今二人が置かれているこの状況のことをあらためて振り返る。

 

 朝まで二人きりでも構わないと言われたら、どうするか。

 そんなことを言うもんじゃないと咄嗟に怒ってしまったけれど、珍しい怒りの感情によって険悪になった空気をまともにするにはこうするしかなかった。

 今となっては、音也はどうして怒ってしまったのかすらもわからない。

 君と出会ったばかりの頃だったら、朝まで一緒にいられることを素直に喜んだはずだ。

 何もしないから、なんて言い訳もする気は失せて、朝まで話したいなら部屋にきたらいいと、もはや諦めに似た感情で音也は彼女を自分たちの部屋に誘った。

 男子寮への侵入はとても簡単だ。

 もし見られているのだとしたら、二人きりになった時点で壁がぶっ壊されたりなんだりして怒られるだろうから、これはきっとセーフなのだと彼女を部屋に誘い込んでいることを勝手に音也はセーフ判定した。

 部屋に誘い込まれて、色々と落ち着かない春歌の様子をチラチラ隙を見ては観察して、どうしようか必死に音也は考える。

 これからどうなりたいであるとか、こうありたいというこの先への憧れが彼女にはないのかもしれない。

 今の状況だけで満たされていて、言葉にして伝えなくてもわかる愛のようなものを、感じているのかもしれない。

 少なくとも、そうしたものを音也はこうした僅かな時間から感じている。

「この本、トキヤが帰ってくるまでに読んでおけって置いてった本なんだよね」

「一ノ瀬さんが?」

「うん。トキヤは今、海外にいるでしょ? 俺も誘われてたんだけどさ」

「一十木くんも……」

 途中で音也が言葉を切ったことで、その誘いには乗らなかったから、彼は今ここにいるのだということを春歌は理解した。

 音也が誘われたというのはトキヤ自身からではなく、トキヤをプロデュースする立場にある人から一十木くんもどう? と興味あるならマネジメントを請け負うよと声をかけてもらったのだという。

 一ノ瀬トキヤと一十木音也の二人は同じような仕事をすることが多く、映画やドラマも共演が多かったから声をかけられたのだろう。

 そして、一ノ瀬トキヤが海外に足を伸ばして、ミュージカルや舞台、映画と活躍の場を増やしていることは誰もが知っていることだ。

 国内にはもう、暫く戻ってきていない。

 先輩である嶺二が部屋をでていったのは同じく他の先輩たちも似たような行動を取っていたことから春歌も知っていたけれど、そうなってくると、音也はしばらく一人でこの部屋で暮らしていたことになる。

 彼の生い立ちからすれば、複数人での暮らしの方が慣れていたようにも話ぶりから聞こえる。

 早乙女学園に入った時もすぐに寮暮らしでトキヤと一緒であったし、寮を歩けばクラスメイトたちとすぐに出会った。

 マスターコースが始まり、今の寮に引っ越してきた時も嶺二とトキヤ、三人での暮らしが始まって、なんだかんだでシャイニング事務所への所属が決まったST☆RISHのメンバーたちとは寮でよく会った。

 それが今は一ノ瀬トキヤは海外にいて、それぞれのメンバーも各々仕事が忙しい。

 朝であれば、トレーニングを日課に取り入れているメンバーとの交流はあったようだけれど、何しろ毎日が忙しく、そうした日々は彼らにとって、充実しているように春歌には見えた。

 ベッドの上に音也と隣同士で座りながら、なんとなく部屋を見回す。

 トキヤ側の領域と呼べるような場所は綺麗に整頓されたままになっていて、おそらく彼が出かけた頃と同じままの状態になっているのを察した。

 一方で音也側の部屋の状況は、普段からの生活がうかがえるくらいには汚れていた。

 共用部分であるリビング周辺は脱ぎっぱなしになった衣類が見え隠れしていたし、途中まで読んだと思われる漫画本と、仕事で必要なのではないかと思われる台本が混ざり合っている。

 そうして乱雑に積まれていた本の中から今二人で覗き込んでいる本を春歌は見つけて、読んだことがあると声をかけたのだった。

「そういえば、この本を原作にした映画に、ちょうど一ノ瀬さんがでていらっしゃるんでしたね……」

 そうだ、と春歌はそれを思い出した。

「そうそう。トキヤ、子供の頃からこの本が好きだったらしくてさ! オーディションで主演が決まった時、本当に嬉しそうにしてて、ニコニコ笑ってたなあ」

「ニコニコ!」

「うん。機嫌がすっごく良くてね、俺がバカやっても怒らなくてびっくりした」

「あの一ノ瀬さんが、一十木くんを怒らないなんて」

 そんなこともあるんですねえ……と春歌が素直に驚いていると、「あぁ、ここ」と春歌がなんとなくめくったページに出てくる登場人物の名前を音也は指差した。

「トキヤがいうにはね、このコが俺にそっくりなんだってさ」

「あ。覚えてます。元気な男の子だよね」

 春歌はこの本を読んだ当時のことを思い出す。

 この小説はファンタジーを主体にした壮大な冒険小説だったけれど、難解な設定と台詞の言い回し、難しい比喩表現が続くのに加えて物語自体が長い。

 春歌も読んだことはある、と言ったはものの、そのすべてではなく第一部、第二部と続くストーリー上の途中までを読み終えたあたりで、今続いている話はもっと時間があるときにじっくり読もうと考えていた。

「ん? どーしたの、俺のことを見て?」

 なに~? と音也がおどけたように笑ったのを見て、春歌は音也のことをジッと見ていたということに気づく。

 今、音也から教えてもらった登場人物である男の子のことについて春歌はよく覚えていた。

 読んでいた中で一番お気に入りの話の中心になる男の子だったからだ。天真爛漫で、物怖じしない、音也のような人物だったなと思い出す。

「あ、いえ。一ノ瀬さんの仰る通り、一十木くんと似てるなって。わたし、この物語の中で、この男の子のことが好きだったんです」

「そうなんだ?」

 思いもよらぬところで好きという言葉が飛んできたな、と音也は春歌の話を聞くよと頷いて促す。

「このコは主人公の男の子とはライバルで……それで、お話の中にね、自分のことが好きになれない、臆病な女の子が出てきてくるんですけど……自分のことをもっと好きになれる魔法をかけてあげるって、この男の子が女の子を色んなところに連れて行ってあげたり、お話したりして色んなことを経験していくんです」

「おおー、なんか面白そう」

 へぇ、そんな話なんだね、と興味深そうにした音也に春歌は「はっ! まだ読んでない? 読んでないところの話をしちゃいましたか?」と慌てると、音也はあぁ、と気づいたように笑って春歌のおでこに指を当てて軽く押した。

「七海、俺にネタバレしちゃったってこと?」

「ああぁ……ごめんなさい……」

「えっ。あ、そんな落ち込まなくても! 今のはあらすじみたいなもんで、ネタバレには入らないよ」

「本当に? お話、面白いので一十木くんにも楽しんでもらいたくて……」

「俺、漫画とか読めるけどこういう難しい本は読めなくてさ。トキヤから読んでおけって言われたのは、この似てるっていわれたコのオーディション受けないかって誘われてたからなんだ」

「ということは、一ノ瀬さんと同じ映画に出るってことですか?」

「あー……まだ、オーディション受けるかどうかも悩んでるけどね。あの映画、シリーズ物になるだろうから、オーディション受けて、受かるとしたら次の作品になるかもだけど……」

 う~ん、と音也が一瞬慌てながら悩む様子を見せたのを見て、はっと春歌は気づく。

「もしかして、オーディション自体を受けるかどうかを悩んでるのはこの本をまだ読めていないから……でしょうか」

「えっ? なんでわかるの」

 音也は焦った様子で、なんで七海はわかるの、と本当に動揺しているようだった。

 今までのやりとりと、一十木くんの話を聞いてたらなんとなく……というように春歌が説明すると「恥ずかしいからあんま認めたくないけど……」と頬のあたりをかきながら、音也はそれを渋々と認めた。

 そんな自分がカッコ悪いと感じているのか音也は、せめて言い訳させてというように慌てふためきながら焦った表情で申し開きをするように訴えかける。

「いや違うんだよ、原作読めてなかったのもそうだけど、ほらっ、今のトキヤ見てたらわかるけど、もう全然戻ってこれないじゃん。そうしたら七海にしばらく会えないのはさみし……あれ、いや違う違うんだって! 今のナシ!」

 自分勝手にした言い訳でさらに墓穴を掘るような行為に、今日の俺はもうダメだというように音也は火照るように熱を帯びた自身の頬を抑えこんだ。

 自分自身も何が違うのかもうわからないといったように、顔を真っ赤にしつつも、とにかく今のはなし、今のはなし、とそれだけを音也は繰り返し続けた。 

「今のは、ナシ……?」

「えっ」

「わたしも、一十木くんと、会えなくなったら寂しいよ……」

 でも一十木くんは、ナシなんだよね、と少し意地悪そうな上目遣いで春歌に聞かれて、音也はぐうう、と我慢していたアレコレが溢れだしそうでどうしたらいいのかがわからない。

 勘弁してよぉ、と苦し紛れに目も合わせることもできないまま「七海と会えなくなったら、寂しいよ」とそれはナシになんかできないとそれを伝えた。

 お互いのやりとりに段々と恥ずかしくなってきたのか、春歌もよそよそしい表情のまま「では、お互いに寂しいということで…」と会えなくなったら寂しいね、という気持ちをなぜか確かめあった。 

 自然に会話が途切れて、部屋が静まり返るたびにお互いの胸の鼓動が聞こえてきそうだと音也は思う。

 何か話さなくちゃ、と胸の高鳴りを聞かれてしまうのが怖くなって、今は春歌が手に持つその本に視線を移して、言いたいことを口にした。


「でもさ、七海にこうやって物語のおもしろさ、とか教えてもらいながらなら読めそうだなあって思ったんだよね……」


 春歌から簡単なストーリーの話を聞いていた時の音也は自然と興味を惹かれていたからこそ、咄嗟でも出た言葉だったのかもしれない。


 なるほど、と音也の話を聞きながら、春歌は一十木くんはどこまで読んだの? と本を片手に確認する。


「う~ん。このあたりまでかな?」
「ほとんど最初の方だね……」

 まだ物語の序盤も序盤で、ここで諦めるのには勿体ないよ、と春歌が続きを読むように促すと音也は、またも、う~んと悩ましい声をあげながらも朗読のように本の内容を読み上げていく。


「だってさ~、〝この森の特徴は二度と出てこれないと思って入ろうとすると、二度と出てこれなくなるということだ〟とか書いてあると、つまり、出てこれないってこと? 出てこれるって思って入ればいいってこと? とか悩んじゃうんだよね」
「ええと、こうした文章は雰囲気だけで読んでいいと思います。それで、読んでいけばどうなったかの答えが出てくると思うから」


 そうなの? と音也は不思議そうにしてから、春歌が少し寒そうにしているのに気づいたのか、もう二人でベッドに横になっちゃおうよ、枕も並べてあるからそこに頭乗せたらいいと春歌を促す。


 そして、ベッドの上に掛けたままになっていた毛布を引き寄せて、一つのベッドに二人で入るようにしながら、手にしていた本を覗き込む。


 あたたかい毛布をかけてもらった春歌は「ありがとう、遅くなってきて寒くなってきたかな」とお礼を言って微笑む。
「うん。それでさ、聞きたいんだけど、〝このまま先に進もうとしたが、足は重苦しく、しかし諦めることはできなかった〟ってあるけど……」
 音也が、次はここは? ここも、こう言ってるけど~……、この人物はこう話すけど、こういう意味であってるのかなあ、と恐らく一人で読んでいた時に悩んでいたのだろうところをすべて春歌に向けて尋ねはじめた。
 音也は本に書かれていた内容を丁寧に読み上げて、台詞のところはそれぞれの特徴を活かして声を作って表現しつつ春歌に確認をとる。
 いつしか本の内容について尋ねられることもそうだけれど、音也が読み上げるこの本のストーリー自体に春歌自身が入り込んで、懐かしさと一緒に新鮮な気持ちに支配されていった。
「一十木くん、朗読上手だね。皆の台詞を読むとき、感情がこもってて聞いてて楽しいです」
「そう~? 今は難しいところも七海に聞けば教えてくれるし、声に出すと読むとさ、黙って一人で読んでる時も楽しく読めるみたい!」
 この本ってこんなに面白かったんだね、と音也は無邪気に笑った。
 読み進めていくうちに、自分に似ていると話題に挙がった男の子が出てくる話にまで及ぶと、春歌がその男の子のことが好きだったと言っていたことを意識してしまってなのか、今までよりも音也は台詞に熱が入ってしまった。
「一十木くん、すごい……」
 本当にこの男の子がそばにいるみたい、と春歌は驚いた表情で音也のことを見た。
 春歌からの尊敬にも見た眼差しを受けて、「やったー七海に褒められたっ」と嬉しそうに音也ははしゃいだ。
「じゃあ相手の女の子の台詞はさ、七海が読んでよ」
「わ、わたしが?」
「だって俺が読むのは何か違うじゃん~」
 ほらほら、この台詞からだよ~、と指先でトントンと台詞部分を指さす。
 読みあげようとした台詞を目で読んで、春歌はドキドキした。
 自分に似ていると勝手に思っていた女の子は、音也に似ている男の子のことが、気になってるんだろうってことが台詞の端々から伝わってくるからだ。
 読んで、と音也に頼まれた女の子の台詞一つ一つを目で追って、本の中の彼女の気持ちを考えていると、隣でウズウズしたまま読んでくれるのを待ち焦がれている音也の視線を感じた。
 音也のように演技経験があったわけでもないのだから、声が震えてしまうのは許してほしいと願いつつ、春歌は緊張気味に女の子の台詞を読みはじめる。
 すると、相手役である音也はその声色、様子に合わせてなのか、今までよりもずっと優しく、包み込みような声色で男の子の台詞を読み上げていく。
 物語で本当にこうしたやりとりをしていたかなんて、本当のところはわからないけれど、緊張していた女の子を前にしたら、この男の子はこうして優しく声をかけてくれるだろうと春歌はそう思った。
「……この男の子は、いつからこの女の子のことを気にしてたのかな」
 本の中での二人のやりとりが終わって、そんなことを春歌は呟いた。物語で描かれている二人のやりとりや感情の動きを読めば、なんとなくでもわかってくる。
 決定的な言葉は何一つ物語上に書き出されていなくても、わかってしまうものなのだなあ、とあらためて春歌はこの物語を読みながら、子供の頃と同じ疑問が沸いてしまって思わず口にしてしまった。
 あの頃は一人ぼっちで、本の内容や話をできる人ができるなんて思いもしなかった。
 春歌にとってこうして考えていることを共有することが嬉しかったから、一見独り言のようにみえて、自然と隣にいる彼に尋ねるように呟いたのかもしれない。
 そうした彼女の問いにちゃんと答えてくれるのがいつだって、彼だったから。
「そんなの最初に会った時からに決まってるよ」
 思い切りのいい、迷いのない答えに春歌は音也の横顔を見た。
「そうなの?」
「そうだよ。今考えると初めて会ったあの時から、なんて思うもんね」
「……一十木くんも?」
 何を聞いているのだろう、という春歌の瞳と、何を聞かれているのだろう、という音也の視線が合わさる。
 その瞬間に「ごごごめんなさい、何でもないです……!」と春歌に急に取り消されてしまって、音也は答えを口にできなかった。
 反射的に謝った春歌の姿を見て、この気持ちの正体に気づいてしまうことに怯えているようにも見えてしまって、わからないままにしておいた方がいいんじゃないかなんて思ってしまう。
 とりあえず、続きを読むよ~、と本に視線を落とすと春歌も頷いたのを見て、しばらく情景や状況を描いたストーリーを音也が読み上げる。
 その声が物語を紡いでいくたびに心地よくなって、瞼が重くなっていくのを春歌は感じる。
 そうして読み進めてページをめくるときに、音也の手が春歌の手に触れた。
「あれ?」
 触れた瞬間に音也は何かに気づいた、というように声をあげた。
 触っていい? と表情だけで確認する彼に、いいよ、と春歌が頷くと音也の手が春歌の手を包み込む。
「七海の手、すっごいあったかい。……もしかして、眠い?」
「……ん……」
「もしかしなくても、眠いか。もうこんな時間だもん、朝までこのまま読んだら大変だ」
「……うん……」
 こくり、こくりと春歌が眠気を確認されて自覚したのかふらふらと頭を揺らし始める。
 そんな彼女の様子を見て、このままじゃあと数分で寝ちゃうかな? と考えつつ、読んでいた本も後少しで良い区切りになりそうと章の最後に繋がる一節を口に出して読む。
「〝少年は、眠気を覚えて重くなった瞼を閉じた少女を見つめた。その姿はいつもよりもあどけなく、美しく見えた。寝息を立てる、その唇は艷やかで美しく気づけば吸い寄せられるようにーー〟」
 音也はここまで読んで、この表現ってもしかして、とドキドキしながら今まで通りに春歌に尋ねる。
「ねぇ、ここってもしかしてさ……」
 もしかして、こういうことじゃないの、と言葉にして確認しようとして音也は彼女の様子に見入った。
 今読んでいた一節と同じように、眠気に耐えきれずにいつの間にか、春歌が寝息を立てていることに気づいた。
(寝てる……)
 春歌が寝ている姿を見るのは、別に初めてじゃない。
 本当に静かに寝る人だな、って初めて寝ている姿を見た時は怖かったのをなぜか覚えている。
 声をかけたら、ちゃんと起きてくれるかな、とそんなことを心配した初めての自分のことを思い出す。
 あの時も近づけば触れられたのに、誰かがきたらどうしよう、とか、見られていたらどうしよう、とかそんなことを冷静に考えて皆の前では我慢しようってそんなことを考えたっけ。
 
 でも今日は、朝までふたりきりで、誰もいない。
 誰もいないんだ。
 
 寝息を立てている唇に誘われるように視線を移すと、小説に書かれていたのと同じように艶やかだった。
 気づけば、吸い寄せられるように……ともう一度口の中で掠れた声で、その一節を読みながら、春歌の唇に音也は自身の唇を近づける。
 あと少し、ほんの少しで、触れそうだという瞬間に春歌が目開いて、音也と目が合う。
「い、……いっときくん……?」
「ちちちちち違う!! キスとか、俺、しししししようとか、そんなことっ、してないっ……!」
「き、キス……?」
 みるみるうちに目が覚めた、というように春歌が音也をジッと見つめたのがわかった。こんな目で見られるのは初めてで、音也は動揺しながら「違う、違う違う!」と声をあげながら行為を否定する。
 この部屋に二人きりになってから、今日は一体何回違うと叫んだことだろう。
「キス、ダメ……」
 そうした音也の動揺を一気に混ぜ返すような春歌の一言が室内に響く。
「えっ……?」
「キスは絶対にしたくないです……」
「ええ!? えっ!?」
 したくない!? ……しかも絶対に!?
 言われたことが衝撃的すぎて詳しく聞きたくなるけれど、春歌の目からじわりと涙のようなものが滲んでくるのが見えて、音也は息を飲んだ。

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