ときめき

  • pixivでシリーズとして公開していた「ときめき」の再録です。

    改行がうまくいかなくて読みづらくてすみません……

    時空としてはマジLOVEシリーズ軸のマジレボ嶺二回で音也くんが春歌ちゃんが遅くに帰ってきたのをみて(むむう!?)みたいな表情で見ていたのが印象的だったので、そのときの感情のまま突き進み、知らずしらずにときめきがはみ出ている一十木音也くんが怒涛にお誘いして……な音春のお話です。
    (どんな時空)

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#12 会いにいくよ

 相当楽しみにしていたのだろう、二人でもう二度寝するのが時間的にも難しくなったのを察した音也はわかりやすく落ち込んでいた。

 そんな音也の様子を見ながら、自分のしたいことを優先してもらってした手前、仕方がないだけで済ませることもできず春歌もどうしたらよいものかと悩む。

「じゃあさ、また俺の部屋遊びにきて泊ってよ」

「またっ?」

 正直こんなことをするのは今日だけだ、と思っていた。

 だってどう考えてもおかしい。

 キスをされそうになったことも考えればこれ以上そばにいたらどうなってしまうのかわからない。

 部屋で二人きりになってしまえば、こっそり庭園で会っていた時よりもお互いの距離が縮まってしまう。

「七海~?」

「はいっ」

 ここで二人きりで会うよりも、まだ庭園で人目を気にしていた方がいいのでは、なんて悩んだところで音也から呼ばれて、気づけば返事をしてしまった。

「やたっ。じゃあまた予定合うときにおいでよっ。あ、今夜は?」

 反射的に出た「はい」をまた部屋にきてくれると解釈した音也にそれは違う……と訂正しようとしても音也はちょっと待っててと立ち上がる。

 お腹が空いているのだろうか、ごはんがカップラーメンに決まったこともあってか、音也はキッチンの方に向かって電気ケトルに水を入れて準備をしはじめていた。

「……今夜もまた泊るなんて無理です……」

 お待たせ~と戻ってきた音也にむかって、無理ということは言わなきゃと伝えると、えっ! と本当に驚いた表情を音也はする。

「俺は毎日でも七海と寝たいのに~……」

 くう~んと萎れた子犬のように、目まで萎ませて音也は悲しそうに落ち込んだ。

 落ち込みつつも、持ってきたカップラーメンを両手でそれぞれ掴んで春歌の前で見せて「味噌としょうゆどっち?」と急に聞き始める。

「えっ。ええと~……、一十木くんはどっちにしますか?」

「両方二個ずつあるからどっち選んでも平気だよ」

「……じゃあ、味噌でお願いします」

「お。俺はしょうゆにする!」

 おんなじもいいけど、別々も楽しいし~、と音也はそれぞれが選んだカップ麺の蓋をぺりぺりと開けてから、沸いたお湯を注いだ。

 それからタイマーは三分、いつもは測らないけど七海もいるしー……と冷蔵庫に磁石でくっつけてあるキッチンタイマーをセットする。

 そんな音也の様々な独り言が耳に入った春歌は何となくで尋ねる。

「いつもは測らないんですか?」

「もう最近は面倒だからタイマーかけないな……大体三分でしょってタイミングで食べてる」

「すごい……カップ麺のプロ……?」

「カップ麺のプロって何?」

 なにそれ、と音也が笑って首を傾げると春歌は、なぜか感心しているようだった。

「わたし、カップ麺はほとんど食べないので……」

「そーなんだ? 俺は小腹空いたらすぐ食べちゃうなー。もうおやつ感覚。ただやっぱり体重には出るから気をつけなきゃだけど」

「体重にっ」

 春歌があからさまに自分のお腹のあたりを見たのに音也は気づいて、「七海は細いから大丈夫だよ、俺知ってる」と心配しないでのつもりで言ったはずなのに春歌はそうか、抱きしめあったりしたから……とそれを思い出したのか顔を赤らめて顔を伏せてしまった。

「や、うん。抱きしめたからわかるっていうのはそりゃあるけど……」

「ど、どうして言うの~……言わなくていいのに~……」

 抱きしめられていたからだ、とわかったのは自分だけで終わりにしたかったのに音也も抱きしめたからこそわかるんだよ、というような言い方をしたのが余計に恥ずかしくていたたまれないといった様子で春歌が縮こまってしまう。

「そりゃあ……なんだろう……七海のことで知ってることがあるのが、なんかうれしいっていうか」

 つい口にから出てしまったことに後悔した瞬間にピリリという音が鳴る。

 しばらく使ってなかったキッチンタイマーの音だということに気づいて、鳴ったことが渡りに船、といった様子で音也は「三分経った!」と声を出してダッシュで冷蔵庫に貼り付けられていたタイマーを止めると、すぐに戻ってきて目の前にあるカップラーメン二つの蓋をめくる。

 次に、はいお箸ーと用意していたお箸を春歌に手渡して、もうできているから麺をぐるぐるまぜて、スープ絡ませてねと春歌に早口で伝えた。

「わぁ。いい匂いっ」

「うん。お腹すいたっ、いただきますー」

「いただきます」

 音也が一気に麺をすすって食べるのを横目に、春歌はゆっくりと麺を口に入れていく。

 お腹が空いていたというのがわかるそのスピード感のある食べっぷりに春歌は少し呆気にとられた。

 見られているというのを察した音也は「だってお腹空いてたし、カップ麺はおいしいし!」となぜか言い訳をする。

「うん。カップ麺おいしいね」

「だろ~? 今は夜中に食べても、こうして朝に七海と一緒に食べてもトキヤは留守で怒られないし、最高だね」

 あ~もう最高、というように音也がトキヤのことも話題にしながら笑うのを見て、朝に食べても夜に食べてもこんな時間にですか⁉ と怒るトキヤのことが春歌もなんとなく頭に浮かんでしまった。

 あっという間にカップ麺を食べ終えて「ごちそうさま」と音也は手を合わせる。

 食べ慣れているのもそうだけれど、春歌が見る限り音也は一口がとても大きい。だから食べる速度も速いのかもしれない。

 取り残されてしまった、と春歌が慌てて口に多く麺を含もうとしているのを見て音也は「いいよーゆっくり食べなよ」と後片付けをはじめてからすぐに戻ってきてジッと春歌のことを見つめはじめた。

「一十木くんにそんなに見られてたら食べれない……」

「さっき俺のこと見てたじゃん」

「そんな……」

 困るよ~という様子の春歌におかまいなしに音也は話を続けていく。

「今度はしょうゆ味食べる? おいしかったよ」

「しょうゆ味、美味しかったんだ。じゃあ次はしょうゆ味……」

「やったぁ、また俺の部屋でカップ麺食べようね」

 嬉しそうに音也が組んだ腕に顔をくっつけながらテーブルに寄りかかっている。

 本当に興味津々な目で見られています……とその視線を感じながらもようやく春歌もカップラーメンを食べ終える。

 ごちそうさまでした、と挨拶をしてから音也にゴミ箱はそこ、台所こっちと指示を受けながら一緒に後片付けをする。

 それから数十分、他愛のない最近の近況や雑談をしたあたりで、急に音也が膝をぽんっと叩いた。

「よぉし、七海。食後の運動しようっ。さっきの録音した俺のギター音源鳴らせる?」

「え? うん……、鳴らせるよ」

 急に言われてなんだろう? と春歌がスマートフォンを出す。

 その間に音也は、テーブルこっちー、椅子もこっちー、ソファはもっとあっちー、とリビングに何もないスペースを作ると、じゃあ音源鳴らして~と春歌に促す。

 言われるがままに音源を鳴らすと音也が春歌の手を取る。

「じゃあ行くよ~、ステップ覚えてる?」

「あっ、うん!」

 少し前に食べたからちょっと身体が重いなんて言い訳をしたくもなるけど、目の前にいる音也が相も変わらず眩しい笑顔を見せるものだから、春歌もそれに応えたくなって練習したステップを踏む。

 突然ダンスをしようって言われたらどうしよう、でも備えあれば患いなしと練習を積んでおいたけれど、やはり予想的中だと音也に急にダンスに誘われたことを春歌はなんだか嬉しく思った。

 ああ、前回よりもちゃんと踊れてる気がする、と身体の動きを春歌が自覚していると音也も「うんうん、七海すごいじゃんどうしたのっ」と前回よりも褒める。

 たった一週間弱の期間だったけれど、朝にたくさん練習しておいてよかったと思う。

 二人で手を繋いでくるりくるりと回る。目を合わせながらリズムを取って、もう一度同じステップを、のところでやはり息切れしてしまったのか春歌の足がもつれてバランスを崩す。

「わぁっとと、春歌ッ……、危ないッ!」

「えっ……あっ……」

 咄嗟に名前を呼ばれて、その声がなぜか耳の奥を突き抜けて心臓にまで届いた気がした。

 倒れそうになる春歌の腰まで伸びた腕は一気に音也の方まで戻ってきて、彼女をそのまま抱き寄せる。その反動で思わず鼻先がぶつかるくらいに顔同士が近づいた。

 キスはダメ、なんて言われてなかったらもっと反動つけてそのまま唇を押し付けてたかも、なんて一瞬は音也はそんなことを考えて打ち消す。

 必死にこれ以上顔が近づかないように、お互いに避けて、ふうっと息をついた。

「七海、大丈夫?」

「あっ……、うん、大丈夫」

 大丈夫、という言葉は裏腹に、春歌の目尻からじわりと滲むように涙が落ちてきそうになったのを見て音也は「え、なんだ、どっかぶつけた⁉ 痛い⁉」と聞くと春歌も自分にびっくりしたように「ああっ、ええっ、違います!」と声を荒げた。

 違う、違いますと続けてから春歌が「悔しくて……」と普段からは想像できないような言葉を口にしたのを聞いて、音也は驚いた。

「結構、練習してたのに、最後まで踊れそうだったのに転んじゃって」

「あぁ……、ていうか俺が教えたダンスをここまで練習しててくれて俺は嬉しいけど」

「一十木くんが教えてくれたダンスで元気がでて、すてきな曲も作れたから。運動自体得意ではないけど、踊ってみたいってそう思えたんです」

 ん? なんだ、と胸のあたりがすごくドキドキしたな、と音也は思った。

 彼女を前にしたらいつだってときめいていた気もしたけれど、ああ、そっか、嬉しかったのか、とようやくわかった気がした。

 自分の教えたことが彼女のためになっていて、喜んでくれたのが単純に、嬉しかったんだ。

「七海の場合はね、ダンスの振り付けはできてきてるけど、やっぱり踊りきるまでの体力が続かないんだと思うよ」

 手、出してごらんと座り込んで落ち込む春歌に音也は手を伸ばす。

 素直に手を伸ばした彼女を立ち上がらせて「だからゆっくり踊れば最後まで踊れる。こんな風に」とさっきよりもペースを落として音也が違うリズムで同じ振り付けでのダンスを始めた。

 少し違うリズムになっていて合わせるのは難しいかもと春歌は思いつつも、ゆっくりと踊ってくれることで心に余裕ができたのか、いつもよりも優しいステップで最後まで踊りきった。

「で、できた!」

「うん、上手に踊れてた。きれいだったよ」

「ありがとう、一十木くんがペース合わせてくれたおかげです!」

 食い入るようにお礼をされて、そんなそんなと音也は謙遜する。

「一番は七海がちゃんと練習してたからだよ。……俺さ、最初にダンス誘ったとき、七海のこと全然考えてなかったなって、今思うとごめんねって思う」

「え?」

「自分が落ち込んだ時に踊ってたら元気でたから、七海も元気出るだろうって思って誘ったんだよね……。七海が踊れるか、とかそんなのはあんま考えてなかった正直。俺が踊るから七海はついてきてくれたらいいや、って」

 うーん、なんだろう上手く言えないんだけど……と音也はどうしたらうまく言えるのかな、と悩んでいるようだった。

「俺、自分のペースで自分のやりたいことに人を巻き込んじゃうから、嫌がられることも多くて……よく考えたら今回のダンスだって七海にそれを巻き込んでたなって……」

「ああっ、いえっ。急に踊ろう、はさすがにびっくりしたけど。びっくりしたけど、一十木くんが誘ってくれるならって」

 春歌がそれはもうびっくりした、という素直な表情で感情を伝えてくれるのにホッとする。

 ここまで素直に反応してくれる彼女を見ていると、ダンスに誘ったこと自体に悪感情は持たれていなかったんだなとわかったからだ。

「俺が急に誘ったダンスに、七海は練習して、ちゃんと踊れるようにって、頑張ってくれて嬉しかった。それで、俺が踊るから、七海はついてきてくれたらいいやって勝手に考えてた俺のことを変えてくれた。二人でもう一度踊って、二人で踊るから楽しいんだって七海が教えてくれた気がする。ありがとう」

 あらためてお礼を言う音也を見て、春歌はそそそんな恐縮です、と頭を下げた。

「たぶん、一十木くんが踊ろうって誘ってくれなかったら、ダンスをすることなんてわたしもなかったと思いますから……、楽しいって思えることを教えてくれて、こちらこそありがとう……」

 お互いにお礼をしあいながら、いえいえ、と謙遜しあって笑い合う。

「あとはそうだな、一人で頑張ろうなんて思わなくていいんだよ? 二人で踊るんだから、練習したければ俺を誘えばいいじゃない?」

 そうだそうだ、朝に翔と二人でダンスの練習してたのを思い出して釘を刺しとこ、と音也がそれを伝えると、春歌はいいえ、と首を振った。

「困ったところはもしかしたら教えてもらうかもですけど、自分一人で頑張れるところは一人でやりたいから」

「はああ。七海は強いなぁ……。そういうところも好き」

「すすす、すきっ」

「うん、ごめん、なんか勢いで言っちゃった」

 考えていることが口に出ちゃうんだよね俺っ、と取り繕うようにするけれど、まったく取り繕うことができずに、目そらした先で視界に入った時計を見た瞬間にまたも顔色を変えてとたんに焦りだす。

 ごめん俺、そろそろ仕事行く準備する! 汗かいたからシャワー浴びてくる! と音也がどたばたと準備をはじめたのを見て、あぁもう時間がないんだと春歌も察した。 

「七海は? シャワー浴びる? 汗かいたよね?」

「へ。わたしは自分の部屋戻ったら入ります……」

「あぁそう?」

「着替えもないし……」

「貸すよっ。俺のシャツでよければだけど」

「大丈夫……」

 さすがにシャワーを浴びたい気分ではあったけれど、音也の部屋でお風呂どころか服まで借りるのはできないと断る彼女にそっかぁー、と音也はこれ以上は無理強いするのもいけないと悟った。

 じゃあ俺はシャワー浴びちゃうね、ごめんね、と一言断って入ろうとするのを見計らって、春歌が切り出す。

「というか、そろそろわたし、お暇します。いつまでも長々とお邪魔して申し訳ありませんでした」

「あぁぁ? いえいえ、こちらこそたくさん遊んでいただいて……? じゃなくてじゃなくて、もう帰るのっ?」

 丁寧にお礼をされたのにつられたのか音也も深々と春歌のお礼にあわせてお辞儀とお礼をしていたけれど、帰るという空気を察して急に焦りだす。

「だ、だって一十木くん、シャワー浴びたら仕事行くよね。なので、わたしもそのタイミングで……」

「あぁ、うん。そ、そっか。こ、このまま俺の部屋にいてくれてもいいけど……?」

「い、一十木くんの部屋に? どうして?」

 なんで? 帰るよ? と春歌が目をぱちくりさせながら答えるのを聞いて、音也は素直に「え? ……仕事から帰ってきたら七海がまた部屋にいて、おかえりなさいって言ってくれたら最高だなって……」とそう思ったの、と胸の内を急に明かされてしまったけれど、どう考えてもずっとこの部屋にいるってことはできないよと苦笑いしながら、春歌はそれを断った。

「帰っちゃう? ダメ……?」

「そんなに引き止められましても……帰りますよ」

「……マジで~……」

「一十木くんもお仕事の時間あるし、シャワーの時間考えたらここで話している余裕もないのでは……?」

「そうなんだけど、そうなんだけど、シャワー浴び終わったら七海がいないのはマジで寂しい……」

「そう言われても……」

 こんなに引き止められるとは思わなかった、と春歌はたじたじになりながらいつの間にか帰らないで、というように握られた手に自分の手を重ねて暗に離して……と伝えるけれど手が離れる様子はない。

「じゃあ、次の約束をしよう? ……今夜はダメなんだっけ? じゃあ、いつなら大丈夫?」

「うぅん」

 そういわれると、同じ寮住まいなのだから寮に戻ってこれていて余裕のある日であれば会える時間は春歌はいつでもある。

 問題は音也の方だ。長期での撮影や、遠方ロケが入れば長いこと寮を留守にしていることを春歌は知っている。

 自分の予定に合わせるよりも、一十木くんの予定に合わせる方が会えると思いますと伝えると音也は「あぁっなるほど」と頷いた。

「俺の予定に合わせてくれるの? じゃー、二人とも寮にいる日の夜は俺の部屋に遊びに来てほしいな~~……」

 予定が合う日は全部俺にちょうだい、なんていう強引なことを言われて、「ええっ」と春歌は思わず声が出た。

 別に音也と会うのが嫌なわけではない。嫌なわけではないから、すぐに断れない。

 いくら音也から「男子寮は女子禁制なんてルール聞いてないもん」と言われようとも女子寮が男子禁制なら男子寮も女子禁制なのではないか、と春歌は思う。

 おそらく男子寮に入ろうとする女子というのが今までになかったのだろうし、春歌が入るような人だとも思われていなかったからあえて伝えられていないだけのような気もした。

 何より目の前にいる一十木音也という人は今をときめくアイドルなのだ。それを忘れてはいけない。

 仲の良い友達同士とはいえ、こっそり二人きりで会って夜から朝までなんてことを繰り返していたら、いくら友達同士だとお互いが一線を引いていても、もし見つかれば周りの目にはそんな風に映らない。

 こんなことはやめるべきだとわかってる。

 春歌が返事をせずに考え込む様子を見た音也は彼女が考えれば考えるほどこうした葛藤が生まれて、結局色よい返事がもらえなくなるかもしれないことを察して、先に自分から切り出した。

「あ~……ええと、俺も仕事あるから。その、朝帰りの時だってあるしさ。七海の仕事だってあるよね」

「はい」

「なんか、予定が合う日は全部合わせてほしいみたいなこと俺言っちゃったけど。どうせ予定は全然合わないだろうから安心して。その、もしかしたら合うかもしれない予定を合わせたいってそれだけ……」

 なんか変な話だけどねー、と音也は笑った。

 確かに言われてみれば妙な話をしているなと春歌も思った。

「でも、七海が会いたいって言ってくれたら、俺はすぐに会いにいくよ。それは忘れないで」

 こんなことを伝えても、きっと遠慮して春歌は自分のことを呼ぶことはないのだろう。そんなことはわかってる。

 会いたいって俺からお願いして、こっそり会う時間を作っていたから、そのタイミングで普段は知れない君のことを偶然、知れていただけなんだ。

 弱々しくなってしまった君のことを抱きしめることができたのも、目の前にいたのがたまたま俺だったから、なんじゃないかな。

 十五、六の頃の俺だったら、そのどれもこれもを運命だよって信じ込んでこれたのかもしれないけれど、少しだけ大人になってしまった俺は運命はこうやって創り出すものなんじゃないのかな、なんて裏側をちょっと知れた気になっている。

 困ったようにわかりました、と頷いた春歌の優しさがどこか、悲しい。

 今日ほど離れがたいと思った日はなかったし、別れ間際にまた会いたいとこれほどまでに願うようになるなんて思ってもなかった。

 届くはずもない、届いてしまったらどうなるのかもわからない、想いばかりが募っていくのがわかる。

 行かないで、と握りしめていた春歌の手を自分の方へと引き寄せてから音也は春歌の耳元で囁いた。

「夜から朝までふたりきりでいれて楽しかった。また一緒に歌って踊って、一緒に寝ようね」

「いいいい、いっときくん」

 離さないように握りしめていた手をようやく離して、ばいばいまたね、というように音也が手を振った。 

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