#13 そのひとことが言えたなら
いちどそうした経験をしてしまえば、繰り返してしまうのは容易い。
容易いとは思っていたけれど、音也から伝えられていた通り、毎日会えるなんてことは本当になかった。
お互いに忙しい時には寮ですれ違うこともなかったし、会える距離にいても会うのが難しい状態が続くことが多かった。
そうした時期がしばらく続いて数日が経った今日、珍しく寮に友千香がきていた。
先輩となる女性アイドルとのマスターコースに入っていた友千香は春歌の暮らす寮とは別になってしまったことで中々こちらの寮に来る機会は減っていたものの、仕事に余裕ができた時には春歌の部屋にも遊びにきてくれることがあった。
春歌の部屋でお互いの近況報告をしあって、しばらくお茶を飲んだりした後、そろそろ帰らなくちゃという友千香を見送るために寮の廊下を二人で歩く。
「そういえば春歌、最近、髪をあげるような髪型多いわね」
「そうかな?」
友千香に声をかけられて、手を伸ばして今日は束ねていた髪を春歌が触れた。
言われてみれば、ここ最近は髪をまとめることが多かった気がする。ただ、春歌自身あまり意識せずに髪型を決めていたからか友千香から「最近その髪型が多い」と言われて、そうかもしれないなんて気づく。
髪の話をして立ち止まった二人の後ろから「おーい、七海~! あ、友千香だ!」という元気な声が響いた。
この声が誰なのか、振り向かなくても春歌と友千香にはわかる。
「あぁ追いついた。どうしたの、遊びにきてたのー?」
二人の間に入ってからねぇねぇと尋ねる音也に「そんなとこ」と友千香が返事をすると、なるほどね、と頷いて音也はすぐに春歌の方へ向く。
「七海、髪の毛まとめてるー。いいね、かわいい。似合ってる」
「……はっ……ありがとう、ございます……!」
「こないだのもかわいかったけど、今日もいいね~」
「あ、ありがとう……!」
音也と春歌の隣で気配をスゥッと消しながら、二人を眺めていた友千香は(ほほゥ……? こないだも……今日も……?)と音也の言動一つ一つになんとなく不審点があるな、と顎のあたりを指で触れながら考えこむ。
「春歌さー、前にもあんなふうに音也に髪型褒められたりした?」
「え、うん。一十木くんはすぐに気づいて、褒めてくれますよね……」
「ははあ。春歌が最近、似た髪型続けてるの理由わかっちゃった」
友千香が得意気に笑ったのを見て、どういうこと、というように動揺した春歌が「何で? 何で?」と早口で聞く。
「自分でわからずにその髪型にしてるとこが可愛いのよねえ……」
二人がしていた髪型の話については、後から合流した音也はわかっていなかったのか不思議そうな表情で「え~なになに? 何の話? 俺も混ぜて~」と話題に遠慮なく入ろうとする。
「あんたが原因で罪作りな男だって話よ」
はぁ~、大変なことだわこれは、と友千香が肩をすくめて深いため息をつく。
その様子を見た音也はどういうことなんだ? と首を傾げていると春歌も、どういうことでしょうか、と質問を重ねている。
「こーいうのは自分で気づかなきゃダメよ」
友千香は春歌が束ねていた髪先に手を伸ばして毛先を指で梳かすようにしながら触れた。
その長い指先は毛先に触れながら、春歌のうなじあたりにも触れたようで、その感触に「ひゃんっ」と春歌が声をあげてから「トモちゃん、くすぐったい」と困った声をあげる。
目の前で春歌の反応を目の当たりにした音也はそんな声聞いたことないし、今の表情だって見たことがないぞ、というように狼狽えてから慌てたように口元を隠したのを友千香は横目で見た。
「あぅう~、友千香ずるくない? 俺も七海の触りたいってずっと我慢してんのに~……」
「何を言ってんのよアンタは……」
「だってさっき二人を後ろから追いかけてきたとき、七海の髪の毛しっぽみたいにフリフリしてると思ったら触りたくてしょーがなくて! でも我慢したんだよ!」
「犬か猫かっつーの」
「かわいいから触りたくなっちゃうの」
むう、と頬を膨らませて自分の欲望を臆せずに口にする音也に春歌が小声で「そんな……」と謙遜しながら縮こまる。
その様子を見た音也は春歌に近づいてから小声で「今度は俺にも触らせて? 今夜、待ってる」と早口で告げると慌てた様子でばばっと春歌が顔をあげて音也をこんなところで言っちゃだめ、と少し恨めしそうに見る。
少し恨めしそうにこちらを見る春歌に、音也は意地悪そうな表情をしてニコニコしながら「あー、俺もう行かなきゃっ。友千香もまたー!」と声をかけると友千香は二人のやりとりまでは聞こえていなかったようで「はいはい」と応じた。
「嵐のよーな男だったわね……」
いつまでもこちらを見ながら手をフリフリしている音也にむけて、友千香が少し呆れた様子で手をフリフリで返し続けるのを春歌も困った笑顔で見ながら、そうだね、と頷いた。
今夜、待ってるといわれてしまえば今夜は会えるのだと、春歌は胸がドキドキした。
最近本当に忙しいのか、会いたいという直接的な誘いはないままだったから、というのもあるかもしれない。
だから今夜も俺の部屋にきてよ、という音也の誘いを本当はやらなければならないことがあった春歌は断らなければならなかったのに、うまく断りきるということができなかった。
今夜もいらっしゃい~と流れるままに部屋に案内されて、それでも春歌にとって、ここまで来てしまったけれど、これだけは譲れないということがあった。
「今日は一十木くんが出てる、バラエティ番組を見なくてはいけません」
なぜか気合の入った様子でテレビの前を陣取ってソファに座った春歌の背後から音也が顔を出して、声をかけた。
「そうなの? なんで~?」
「今度オープニング曲を担当させてもらえることになったんです」
「うおー! そうなの? なんだよ早く言ってよ、そんな大事なことー!」
ままままって、知らない知らないと音也は詳しく聞かせて、とソファの後ろから顔を出していた音也は回り込んだかと思えば、春歌の隣へと慌てて座る。
「オープニング曲を歌うのは一十木くんと寿先輩だって聞いてたから、もう知ってるのかと」
本当は一ノ瀬さんにもお頼みしたかったのに海外にいらっしゃるので今回はできないとお断りがあったんです、とわかりやすく落ち込むと音也が「まあまあまあー」と軽いノリで春歌の背中をぽんぽんと叩く。
「というかスタジオ見学しにきたら? その方がテレビで見るより雰囲気伝わるよ。俺からスタッフさんにお願いしようか」
「もう寿先輩から見学おいでーって声かけ頂いていて」
「はー。れいちゃんって本当こういうの早いよね。俺の方が七海と一緒にいる時間は長いはずなのになんでだ……?」
フットワークが軽いというか、俺がしたほうがいいって思ったことはもう手回ししてるんだよね、と音也は先輩の動きの速さに感心しているような、驚いているような、恐れているような表情で首を傾げた。
「と、とにかく今日はこの番組を見るんです」
「そうかー。あ、今夜部屋に来るのを渋ったの、これ見たかったから?」
「そうです……」
最初に誘ったとき、どことなく嬉しそうだった春歌が用事があって、と渋る様子があったものだから音也は気になっていたけれど、正体はこれだったのかと納得した。
俺の部屋で出来ることなら、俺の部屋でどう? と誘ったら「テレビを見せてほしい」と言われて、こうして理由がようやくわかった。
春歌が見ている番組は主に嶺二と蘭丸が二人でMCを務めている番組だ。
マスターコースで嶺二の後輩としてつくようになってから、アシスタントとして一コーナーに音也もレギュラー参加している。
トキヤもレギュラーとして参加していたけれど、例のごとく海外進出で長期不在にしている関係上、シャイニング事務所の誰かが都度参加していた。
「寿先輩が明るいから番組全体の雰囲気もポップですね」
「うん! 現場もすごく明るくて楽しいよ~、蘭丸先輩も厳しく見えるけどね、すっごく優しいんだ」
なるほどなるほど、とオープニングを作るのにあたってどんなテーマで書こうかなと悩んでいるだろう春歌の意見に、音也がこんな感じだよとアドバイスを加えていく。
「あ、このコーナーに一十木くんが出てるんですね」
「そうそう~! れいちゃんが視聴者さんからもらった恋愛相談に回答するコーナーッ……あ」
「?」
「あぁいや。なんでもない」
そういえば少し前の収録で、この相談はあんまり春歌に見せたくないなと思う内容のやりとりがあったのを音也は思い出した。
何しろ、内容があまりにもそのまますぎたからだし、その質問に対する嶺二の答えもこれは、と思ったからだ。
せめてその回の放送じゃなければいいけど、と思ったが最後、嶺二が次の相談はこれだーーー! と取り上げた内容は音也が危惧していたまさにそれだった。
「次の相談じゃ。なになに~? 恋人ではないけれど、毎晩一緒に過ごしています。できれば関係を進めたいですが、断られるのが怖いです。どうすればいいですか?」
一瞬ざわざわとスタジオがどよめいたのがわかった。
意外にこのコーナーはきわどい恋愛相談が多い。三角関係を示唆したものや、許されない恋をしていると思わせるような内容や、そうしたものにアイドルである寿嶺二がざっくばらんに回答していくというのが魅力的なコーナーだった。
一見して複雑に絡んでいそうな大人の事情を含んだ相談内容が読まれるたびにこうして番組自体がざわついていく。
放送時間帯自体は遅くても、アイドルがこうした内容に答えるのは許容範囲なのかというのもあるけれど、シャイニング事務所的にはOKなのか気になるところだ。
結局、カットにならず放送されているということは、事務所的にも問題なし、ということだったのだろう。
嶺二が「う~ん(笑)」と笑いを含んだ声を漏らしながら、腕を組んで考え込んでしまったところで、はたして恋のプロフェッサーによる答えは⁉ という字幕煽りと共にCMに突入した。
「す、すごい相談がくるんだね……」
CMに入ってしまったことも含めて少し気まずい雰囲気を緩和しようとしたのか春歌が隣にいた音也に話しかけた。
「いろいろ質問はくるみたいだけど、なんでこの質問を選んだのかは俺もわからない……」
「そうなんだ……」
「番組の雰囲気もわかったし、最後まで見る必要はないんじゃないかな? そろそろ寝る?」
なんか嫌な予感する~と思ってごまかすために音也が春歌に語りかける。
春歌はそんな音也の様子も察しているのか「でも……一十木くんが出るところを見たらそこで終わりにしようかな……」とそれだけは見せて、と食い下がられてそういわれてしまえば、じゃあそうしようと音也も頷くしかなかった。
CM明け一発目に映ったのは音也の姿だ。
嶺二からずばりおとやん! と声をかけられて一気にカメラに抜かれていた。
「おとやんはどう思うー?」
「おおお、俺っ? え? なんで俺に聞くのっ? もう毎晩一緒にいるならそれでよくない?」
「チッチッ、この質問にはできれば関係を進めたいとあるのじゃ。でも断られてしまうの怖い! おとやんはどうする!」
「なんで俺にばっか聞くのっ? だから無理に関係進めなくてもさ……」
「おとやんは好きな子と一緒に寝ても手を出さない自信があるとぉ……?」
「俺はないよ!」
ここで、ドッと観客も含めて、笑い声があがった。音也にしてみれば素直に答えた結果で、周りも音也ならこう答えると思ったからこそ笑いに昇華したのだろう。
「おとやんは我慢できないらしいので、おとやんと一緒に寝てるカワイコちゃんは要注意だぞっと!」
嶺二が笑いながらもカメラに向けて指をさす。
「そんなやついるわけねーだろ」
何いってんだてめぇ、と隣で聞いていた蘭丸がふざけんな、と嶺二のことを持っていた謎のハリセンで叩くと想像よりも激しいスパァンといういい音がした。
スタジオ内ではうまいボケと突っ込みが決まったというように盛り上がりを見せる一方で、この番組を見ている現実の春歌と音也はいたたまれない状況に追い込まれていた。
番組はそのまま次の質問へ入って、さらには次のコーナーへと引き継がれ、後半へと入っていたが、二人の耳にはもう番組の内容は届いていなかった。
「や、これは、その、番組のあれだから……」
「……うん」
春歌も番組作りについては、関係者の打ち上げに参加することで裏側のあれこれは知っているつもりだった。
予定調和で作られた台本通りにやりとりしている、という話も聞いたことがあるし、だとしたらあれは台本通りのやりとりで他意はないということを音也が言いたいのかもしれないと、それを理解しようとした。
「まあ、アドリブで振られたときにはビビったけど……」
それなのに音也はあれは台本あってのことではないということを口にする。
え、と思わず春歌が声に出して音也を見る。
「好きな子と一緒に寝て、手を出さない自信っていうのは番組で答えた通り、俺にはないから」
笑いごとにみたいにされてたけど、あれは本気で答えた事実だから、とちょっと不服そうに音也がぼやく。
「……」
「前に七海にキスしようとしたこと、あっただろ」
「うん」
「あれは……違うっていったけど違くはない……、キスしたかったからしようとしたの」
「……そ、そうなの」
「そうなの。それで今も俺は七海にキスしたいって思ってる」
「……それは……」
「やっぱりダメ?」
「……ダメだよ。キスはダメ……」
「なんでダメ? 俺とはそういうのしたくない……?」
「そっそういうんじゃなくて……」
「……そういうのじゃなくて?」
春歌がすっかり押し黙って、どうしたらいいのか言葉を探している様子が音也にはよくわかる。
無理矢理したって仕方がないのはわかってる。だから、どうしてキスだけはしたくないのか、理由くらいは知っておきたい。
何か言わなければいけないという空気に押しつぶされるようにしながら、春歌が口にしようとしている言葉を生唾を飲みながら音也は真剣に聞いた。
「キスは、その……おおお、お付き合いしている人、したい……です……」
どんな答えが待っているかと思えば至極真っ当に聞こえる答えだった。
「……俺と七海は友達だし?」
「うん……」
じゃあ付き合う? なんて軽口を叩けるほど軽薄だったらな、と音也は意外に自分が真面目で臆病なことを自覚した。
もしくは、付き合う前にキスくらいするよ、なんて言えてしまったらよかったのに、と大胆にもなれない自分にも心底がっかりした。
でも、目の前で怯えたように縮こまる彼女を見てたら、どれ一つも言えなかった。
今日だけじゃなくて、これから先も君と過ごす日を増やしていきたいと思ったら、そんなことを口にしてはいけないなんて本能がなぜか押しとどめてしまう。
一方でもしかしたら、そうした軽さや考えなしのやり方で進んだ方がこうしたややこしい恋愛事はうまくいくのかもしれない。
まさに嶺二が番組終わりに楽屋で伝えにきたことそのままのことを、音也は思い出しはじめていた。

たかさか
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