ときめき

  • pixivでシリーズとして公開していた「ときめき」の再録です。

    改行がうまくいかなくて読みづらくてすみません……

    時空としてはマジLOVEシリーズ軸のマジレボ嶺二回で音也くんが春歌ちゃんが遅くに帰ってきたのをみて(むむう!?)みたいな表情で見ていたのが印象的だったので、そのときの感情のまま突き進み、知らずしらずにときめきがはみ出ている一十木音也くんが怒涛にお誘いして……な音春のお話です。
    (どんな時空)

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#11 春眠

 ドキドキの高まりで身体が自然と動いてしまった。

 キスはダメ、という言葉を口にした彼女を前にして、音也は激しく動揺した。

 彼女のことを出かけようと事務所で何度も誘っては断られて以来の拒絶で、久しぶりだったからかもしれない。

 ここのところ受け入れてもらえることに慣れすぎて、調子に乗っていたかも、と超えてはいけない一線のようなものを初めてこの日、音也は知った。


 何をどう確認したらいいのかもわからない。とにかく、彼女の嫌がることはしたくない。


 だとしたら確認しておかなければいけない。ダメじゃなければ俺はこうして無意識に君にキスしようと思ってしまうから、と言葉でそれを確認する。


「……キスは、ダメ……?」
「ダダダメっていうか。だって、その」
「俺たち、友達だから……?」


 友達、という言葉に春歌が肩を少し震わせた。


 つまり春歌の考えている友達という関係性ではキスはしないらしい。なるほどね、と音也は納得して、気まずくなりそうな雰囲気を察してどうにかしなければと考える。


「びっくりさせたの謝る。七海、こっちおいで」


 せめてキスができないなら抱きしめようだなんて、そんな見え透いた行動に容易く彼女は頷いて、音也の腕の中にすっぽりと顔を埋めて抱きしめあう。


 どうしてキスはダメっていいながら、こうした触れ合いは許してくれるのだろう。


 どうせなら全部ダメって諦めさせてくれた方が縋る気持ちも失せるのに、あっちがダメならこっちみたいに君のことを求めてしまう。


 自分よりも小さな身体をしっかりと腕の中に収めて抱きしめる。自分の胸板と彼女の柔らかな部分がぎゅうっと触れ合うとじわっと熱くて気持ちいい。


 あの甘い香りがまた漂ってきて、頭がおかしくなりそうだと音也は心の中で唸った。


 頭が煮えたぎりそうになる音也の耳元近くで春歌がつぶやく。


「ごめんなさい。ダメとかいって」
「大丈夫、大丈夫」


 少し早口にしゃべる彼女の様子を見て、当人も動揺しているのだとわかって音也は罪悪感を抱かせないように、落ち着かせるようにできる限り優しい声で応じた。


「そうだよね一十木くん……違うって言ってましたもんね」


 そういえば咄嗟に「違う」って何回も否定してしまっていた。


 彼女にこんなあからさまなウソをつくことになるなんて、と罪悪感に満たされながらも「キスがしたい」なんて今この場でいえる空気でもなかった。


 ごまかすように音也は笑いながら、落ち込む春歌の背中をとんとんとリズムよく叩いた。


「そんな風に背中をトントンされると眠くなっちゃいます」


 急に背中をトントンされて、どうしてそんなことをするの、と春歌は音也の表情を見るためにしがみついていた首あたりから顔を動かす。


「ん……寝てたのに起こしちゃったから悪いなと思ってさ……」


 ふぁ~あ、と音也が大きなあくびをするのを見て、春歌も小さくあくびをする。


 大きなあくびをし終えた音也が、小さなあくびをしている春歌をじっと見つめて「あくびって移るよねー」と笑うと春歌も恥ずかしそうに「だって眠いです……」とあくびの言い訳をした。


 こんな風に大きなあくびをしたけれど、本音を言えば眠れそうにはなかった。


 身体は睡眠を欲しているのだと思うけれど、彼女のことをこんな風に抱き締めながら、このまま寝てしまっていいのだろうかという葛藤があった。


 一方で背中をリズムよくさすってあげていたせいなのか、気づけば彼女は腕の中で眠っていた。


 あどけない表情をして眠りはじめる春歌のことをよく見るために、腕の中にいた彼女を自分の隣に横たえてから、音也は体を少し起こして肘を使って頭を支えながら見つめる。


 キスをしようとしてきたかもしない男の前で堂々と寝入る彼女のことを見つめながら様々なことに思いを巡らせる。


 もしかしたら、手出しをされるってことを今まで経験したことがないから警戒心がないのかもしれないし、そういう対象に自分が見られているということも考えたことがなかったのかもしれない。


 それが初めてキスをされるかもしれないなんて瞬間に遭遇して、動揺してダメだって反射的にいってしまった、なんてことはないだろうか。


 ダメってだけで嫌ってわけじゃないよな?


 あぁ、俺は一体どこまで自分にとって都合よく考えようとしているのだろう。それを思うとそんな自分自身が嫌になってきて音也は頭を抱えた。


(俺はどうしたらいいんだろう……? 何が正解なんだろう……?)


 このまま好きだって告白して付き合ってほしいっていったら、それはできないってちゃんと断られてしまうのだと思う。


 今までの春歌の態度を見ていればなんとなくでもわかる。事務所での「仲の良いお友達」宣言を思えば恋愛対象にはしたくないのかもしれない。


 でも、一緒にいるのは嫌じゃないからこうしてそばにいてくれて、一緒に過ごしてくれるのだろう。


 ううん、難しい、と音也は春歌の寝顔をぼ~っと見ながら、ああ、そういえばさっきの本の続きはどうなったのかなあと興味を惹かれて一人で続きを読んだ。


 物語の中の二人は、現実の二人と違って、キスをしていた。


 なんだよ、俺は失敗したんだから、そっちも失敗しててくれ、となぜかふてくされた気持ちで音也は話の続きを読む。


 キスの後に、少し頑な態度が多かった女の子の方が、素直になっていく姿がよく描写されていた。
 相手への愛情表現が増えていたし、何より女の子が自分自身のことを好きになっていくことがわかるその過程はどこか読んでいて胸が熱くなる。


 そうした女の子の心情や描写をたどっていくと、なぜか物語の中ではなく、自分のそばにいる女の子のことを音也は考えてしまう。


 〝どうしてこんなに彼に対する気持ちが変わったのだろう。あの口づけをして以来、どこか避けなければと思っていた気持ちが、本当になってしまった気がする〟


 先を読み進めていくうちにこの一節を読んで、音也は(気持ちが本当に……?)とキスをするとそんなに変わってしまうものなのか、と読んでいた本から再び春歌へと視線を向けた。


 もし、春歌とキスをしたのなら、この小説に出てくる女の子のように彼女は変わるのかな。


 さすがにもういちどキスしようとして、次にバレたら確実に嫌われる。それはわかる。


 あぁ、俺は勇気が出ない。これから先も一緒にいたいと願うから何もできない。こんなに近くにいるのに、こんなに遠くに感じている。


 すぅすぅ、と小さく息を吸って吐くのに春歌の体が柔らかく動くのを見ているうちに、あれだけ眠れないと思い込んでいたはずの音也もようやく微睡んできて、気づけば眠りに落ちていた。


「動けない……」


 すっかり寝てしまった、と気づいた春歌が次に目を覚ました時には、まるで金縛りにあったかのようだった。


 それが金縛りではないと気付いたのは、自分の身体すべてが音也の胸元にぎゅ~っと押し付けられるということにようやく気付いたからだ。


「いいい、いっときくん、力強い……」


 だめだ、全然抜け出せない~~……と、しばらくもぞもぞしてみたけれど、無駄な抵抗だったと春歌はあきらめた。


 前に話した時は寝相が悪いと聞いてたけど、しがみついたものから一切離れないなんて話は聞いたことがなかった。


「う、う~~~ん……無理……」


 音也が急に表情を歪ませて苦しそうにしている。


 まさか、もぞもぞしていた時にどこか大変なところに手が当たってしまったりしただろうか? 焦って「一十木くん……っ」と春歌が声をかけるけれど「ううう~ん」と音也はうなされるだけだ。


 そうだ、一十木くんが背中をトントンしてくれていた……、とそれを思い出して春歌も背中に回していた手でさするようにしながら「大丈夫だよ」と声をかける。


「ううう~ん……うん……」


 苦しそうに歪んでいた表情が、和らいできた。


 よかった、と春歌が胸を撫でおろしていると音也は「もうカレーはそんなに食べきれないよ……」と苦しそうにうれしそうな声で漏らした。


「カレーの夢、見てたんだ……」


 よかったです、つらい夢じゃなくて……と春歌はほっとしながらも何となく興味本位で彼の耳元で「カレーが一杯」とささやき始める。


 んん、と春歌の声に反応して音也はまた表情を変えていたけれど、「カレーが五杯……」と五杯目を超えたあたりで、「うううっ……もうカレーはそんなに食べきれないよ……」と五杯をピークに限界を超えることがわかった。


 なるほど一十木くんのカレーをおかわりする限界は五杯なんだなあ、と春歌が納得していると「んんう⁉」と急に声をあげて音也が目を開けて起きた。


「一十木くん、おはよう」
「……あえっ⁉ あ、七海……あ~俺たち、あのまんま寝てた?」
「寝ちゃってたみたいです。わたしもさっき起きました……そうそう、一十木くんはカレーのおかわりをたくさんしてたよ」
「カレーのおかわり……? あぁ、七海がね、おかわりあるよって何回もお皿にカレーをよそってくれる夢はみたんだよね……」


 えへへ、夢の中でた~くさんカレー食べたよと嬉しそうに音也が報告すると、そっか、と春歌も笑った。


「あの、そろそろ一十木くん、離してくれる……?」
「離す? あ、俺、もしかして七海のこと抱きしめたまま寝てた?」
「うん……」
「ごめんごめん…」


 はい、と音也が腕を外すと春歌がありがとうございます、とお礼を言った。


 これでようやく自由に動けると春歌がほっとしたのもつかの間、腕を外して離れたばかりの音也が物欲しそうに春歌を見つめている。


「……もう一回抱きしめていい?」
「えっ」
「なんか名残惜しくて……」
「じゃあ、もう一回だけだよ……」
「うんうんっ。じゃあ、ぎゅーってするね。七海、おはよう~……」
「お、おはよう一十木くん……」


 さっきよりも強い、ぎゅ~がきた、と春歌が思わず彼の背中に手を回す。


 抱きしめるのに答えてくれたのがうれしかったのか、音也がますます力を込めて「七海七海~……」と無邪気な声をあげながらさらに力をいれて抱きしめる。


「あっあの、そんなに抱きしめられると~……」
「ん~? んっ。なになに?」
「恥ずかしいので……もうこのあたりで……」
「え~恥ずかしいって? 一晩一緒に抱きしめあって寝たのにこれ以上恥ずかしいとかある?」


 ただの事実なのかもしれないけれど、あらためて口にされると春歌も弱いのか、そんな言い方しないで~と顔を真っ赤にした。


「あはは、かわいいっ」


 春歌を抱きしめたまま、音也がぐるっとベッドの上で回って、一回転する。


 音也の体の上に春歌が覆いかぶさる姿勢になると、もぉ、と春歌は髪を耳までかきあげた。
 その春歌の耳が気になったというように音也が手を伸ばして、形を確かめるかのように手で触れた。


「七海ってきれいだね」
「えっ。なんでしょう……きゅ、急に」
「俺もわかんないけど。さっきまでは、すげぇかわいい~って思ってたのに、今はきれいだなーって思ってる。なんだろうね」
「一十木くん、さっきからドキドキすることいったり、かわいいこと言ったりしたり、いそがしい、です」
「ふふふー、俺は忙しい男だからね、落ち着きがないってよく言われるっ」


 どうだ、とまるで自慢するように笑う音也にそれは自慢できることなのかな、とつい春歌が笑うと、音也もさらに笑った。


「はあー、すっごい幸せ。朝いちばんに七海に会えて、おはようって言えて、抱きしめあえて。最高だよ」
「わ、わたしも一緒にいれて、幸せ、です……」
「七海も幸せか~。じゃあまた一緒に寝ちゃう? 今夜とか?」
「そ、そんな毎日は寝れないですっ!」
「毎日は寝れなくても、たまには一緒に寝てくれる?」


 たまにでも週五くらいをご所望するかも、なんて悪戯心にまみれた音也のセリフと笑顔に「困ります~……」と春歌は目を伏せた。


 さらに一十木くんの上に跨ったままというのもおかしい、といそいそと春歌は音也の上から降りてから冷静にならなきゃと思っているようだ。


 あぁ~なんで降りちゃうの~なんて思いながらも音也は壁にかかった室内の時計を見て「もうこんな時間……」と現実に引き戻されざるを得なかった。


「今日はお仕事の時間、大丈夫ですか?」
「うーん……平気、なはず? ちょとスケジュール見る……」


 自信のなさそうな音也が心配になるけれど、身体を起こしてそばにあったスマートフォンでスケジュールを確認してからあからさまにホッとしたような表情をした音也を見て、春歌も同じようにホッとしてしまった。


「今日はお昼から撮影が入ってるだけでしたー……七海は?」
「わたし? わたしは……今日は打ち合わせとかもないから……」


 部屋でずっと作曲しようと思ってました、と言おうとした春歌の手首を音也が引いて胸元に抱き寄せてから、耳元で「じゃあ二度寝しよ」とささやいた。


「二度寝……っ? せっかく起きたのに……」
「だって俺まだ眠い~~」
 昨日の夜遅かったからぁ、とまるで文句を言うかのように声をあげる音也に、昨日は夜遅くまで本読んじゃったから仕方ないよと春歌は慰める。


 それでもやだ、二度寝するっ、と決めたーというように音也に抱きしめられたまま、二人でベッドの上に倒れこむ。


 眠っているときにずっと抱きしめられて逃げ出せなかったけれど、起きている音也に抱きしめられたらもっと逃げ出せないとその力強さを知って、春歌はため息をつく。


「あ、なんか用事があった?」


 そのため息が不満気に聞こえたのか音也が焦って春歌に尋ねる。


「う~ん、用事ということのほどでは……」


 でもやりたいことがあって、ということを隠せずに春歌が自分の胸元を無意識につんつんしたり、指先で何かを訴えるようになぞっていることに気づいて「ちょっと七海、胸つんつんやめてよ」と音也が笑っていうと、春歌はごめんなさいと手をひっこめた。


「七海がなんかやりたいことあるなら俺も付き合うよ」
「……一十木くんも手伝ってくれるならとても助かりますっ」


 ちょっとだけ不満そうにしていた春歌の表情がぱっと明るく変わって、やっぱりやりたいことがあったんじゃんと素直には話せない彼女に、音也はそんなに遠慮しなくてもいいのになあと思う。


「俺に出来ることなら何でもいってよ」
「でも一十木くんは二度寝したいんだよね?」


 なんだかんだで相手のしたいことを優先しがちな春歌に、つい甘えてしまうのもよくないと音也も思っていたところだ。


 自分のやりたいことと、一十木くんのやりたいことがあるなら、一十木くんを優先するとすぐにでも言いそうな春歌に、まずは七海からだ、手を握って揺らす。


「七海のしたいことをしてから二度寝しよ」


 どう? と音也が提案すると春歌はいいの? と心配そうに首を傾げていたけれど、いいよーと音也が笑顔で頷くと、ではお言葉に甘えますと素直に喜んだ様子を見せた。


「それで? 七海のしたいことって?」
「まずは……その、一十木くんにぎゅってされてたらできないので……」
「あぁ。俺もうクセになっちゃってるかも、七海のこと抱きしめて寝るの」
「は、離して~……」
「ちえ~」


 二度寝をするために抱きしめてベッドに倒れこんだのに、振り出しに戻るって感じだ~と音也は春歌を解放した。


 ようやく音也から逃げ出せた、というように春歌はもう皺だらけになっている服を無駄に伸ばしてから、息をついてからお願いをするのに姿勢を正す。


 そんな春歌の様子を見て、本当に真面目な子だなあと音也は感心する。


「い、一十木くんにお願いがありまして」
「うん。なあに?」
「前にダンスしたときに一十木くんが歌ってくれた歌をもっと完成させたくて……というか勝手に曲にしちゃったんですけど」


 よく考えたら一十木くんの許可をいただいていませんでした、とごめんなさいと謝る春歌に「気にしなくていいよ、好きにしていいよ」と音也は答える。


 その答えを聞いて、ありがとうございます! と春歌は嬉しそうに答えてすぐに、それでお願いがありまして……とまた手を合わせてお願いしますというように頭を下げる。


「もう一度、一十木くんの歌を聞かせてもらえるとうれしくて……お願いできないでしょうか」
「いいよ~、待ってて! ギターとってくる」


 なんだそんなことならお安い御用、と音也がベッドから立ち上がって部屋の隅に並べていた数本のギターの中からアコースティックギターを選んでまた戻ってくる。


 ベッドの上に座ってから足を組みつつ、ヘッド部分に触れながらチューニングをすぐにし終えた音也が「どんな歌だっけ、え~と」と指弾きでギターを鳴らしながら歌いだす。


「あっ、あっ、待ってください、録音させて」
「ろ、録音? この状態で? 恥ずかし~……」
「一十木くん、歌うたびにメロディ変わるからっ……」


 春歌が慌てた様子でスマートフォンを取り出して、録音アプリを起動させてからマイクの方を音也に向けた。


「ひょぇ~なんか俺、作曲家してるって感じ?」
「あ、そうだね。今回のわたしは編曲担当ですっ。最近編曲の仕事も増えてきたから、勉強になります」


 なるほどなるほど、こういう曲作りもあるよねと音也は笑ってから、じゃあいくよ~とギターのボディを軽く叩いてリズムを取ってから弾きはじめる。


 少し気合が入りすぎて、元々歌ったのと大分違う気がする~と思いながらも適当にギターを鳴らしていると、なんだかとっても楽しい。


 自分が好きな聞き覚えのあるようなギターリフをどうしても入れてしまうからそれは七海にごまかしてもらうとして。


 せっかくだから歌詞もつけて歌っちゃおう! そんな感情に埋め尽くされていつもの調子で音也は歌いだす。


 今この瞬間にあふれてくる気持ちを言葉にすると、どうしてもラブソングになってしまうのは、どうしてだろう。


 君と最初に曲作りをしたときに、生まれて初めて歌詞を書いたけれど、それもやっぱりラブソングだった。


 あの頃は気持ちと一緒に言葉も必死に探して、一生懸命書いて歌ったけれど、今即興で出てくる言葉はあの頃から君に向けて溜め込んでた気持ちなのかもしれないと音也は思う。


 そんな君への気持ちが今歌っている歌詞に込められていることを知ってか知らずか、春歌はうずうずしながらスマートフォンを握りしめながら、音也の歌に合わせて気持ちよさそうに身体を揺らしていた。


「と、こんなとこ? やっぱ曲を意識して歌うってのは難しいねえ……作曲ってすごいや」


 ジャカジャーン、と口でも鳴らしつつ、ギターの開放弦をすべて鳴らして笑いながら音也がおしま~いと歌い終えると、春歌は慌てた様子でごめんなさいっ何か書くものないですか~と音也に訴えかける。


 書くものっ? 書くもの書くもの、と音也がリクエストを受けてしっちゃかめっちゃかにしている自分の机から、歌詞を書き溜めるのに使ってるノートを持ってきて、ここから好きに書いていいよとペンと一緒に開いて春歌に手渡す。


「サビになるメロディのところはすごく印象的でした。サビからの繋ぎになるメロは聞きながら思い浮かんだフレーズがあるので、それを使えば……」


 音也が適当に歌った歌詞を思い出しながら春歌が一行になるように綺麗に書くと、さらにその下に簡易的な五線を引いて、音符を書き込んでいく。


 その様子を興味深そうに一緒にノートを覗き込んで、音也は「音符って、おたまじゃくしの行進みたいだよね」と呟いた。


「おたまじゃくし~……」


 そう言われると……、と書き込んだ音符の動きを見ながら春歌もそう見えてきたというように、うん、と頷いた。


 ペン貸して~と音也に声をかけられて、春歌は言われるがままにペンを手渡す。すると音也は舌をちろりと出して嬉しそうに今度は俺のターンというようにノートに書き込みをはじめる。


「俺の作詞ノートに、七海が参戦!」
「ちょちょちょっと、一十木くん、そんなに大きく書いたら、書くとこなくなる……」
「え? ここらへんがまだ余ってるから七海はここに書いたらいいよ」
「せまっ、狭いよ、ああ、おんぷくん大きすぎませんか?」


 春歌が書いていた楽譜の周辺におんぷくんと火の魂ボーイが「七海参戦!」と叫びながら増えていくのを見て、あああ~~、これ以上書かれたら書くところが……と止めようと考えている間にノートは落書きで埋め尽くされてしまった。


「一十木くんの作詞ノートが大変なことになっちゃった……」


 突然筆が乗ってしまったのか、音也がありとあらゆる場所にいろいろと書き込んでしまったのを見て、春歌は驚いた。


 かろうじて自分の書いたところは読めるけど……とノートをめちゃくちゃにした犯人をジッと見ると犯人は全く問題なし! というように得意げだった。


「これはもう俺と七海のノートだね」
「ほとんど一十木くんのお絵描きだけど……」
「あ。もうノートの予備がないんだった。七海、今度買い物行かない? おなかもすいた」
「そっか、おなか……朝ごはん……」
「俺、昼の撮影前に事務所寄ってくから、その近くにあるどっかでご飯食べる?」
「……あ、え~と、お外で一緒はちょっと」


 事務所近くにある飲食店はよく打ち合わせで使われているから、二人で行っても怪しまれることはないだろうけれど、それでも人の目は気になると春歌が心配そうにするのを見て音也は察した。


「う~ん、部屋で食べるなら、カップラーメンならあるよ」
「朝から?」
「朝っていってももう昼みたいなもんでしょ。というかさ~」
「うん?」
「約束した二度寝する時間がなさそう!」
「あぁ……」


 しまったぁ~というように頭を抱える音也に、言われて思い出したというように春歌がそういえば……という表情をした。


 でも時間がなくなってしまった原因は、一十木くんが急にお絵描きに目覚めてしまって、嬉しそうにふんふーん♪っていろいろ描いていたせいで、時間がなくなっちゃったんじゃないのかな、と目の前で悔しそうにする音也のことを見つつも春歌は思う。


 それでもお絵描きをしていた姿はとても楽しそうで、またお絵描きする音也の姿をそばで見てみたいと思うから、春歌はそのことは言わないでおこうと決めた。

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