ときめき

  • pixivでシリーズとして公開していた「ときめき」の再録です。

    改行がうまくいかなくて読みづらくてすみません……

    時空としてはマジLOVEシリーズ軸のマジレボ嶺二回で音也くんが春歌ちゃんが遅くに帰ってきたのをみて(むむう!?)みたいな表情で見ていたのが印象的だったので、そのときの感情のまま突き進み、知らずしらずにときめきがはみ出ている一十木音也くんが怒涛にお誘いして……な音春のお話です。
    (どんな時空)

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#15 近すぎて、遠いなにか

 キスがしたいと伝えたあの日から、数日が経った。
 変わらず音也にとって初めてとなる単独ライブの準備は着々と進んでいた。
 ライブをするのにあたって、春歌との打ち合わせも問題なく進んでいたけれど、二人の関係は問題なく進んでいるとは言い難かった。
 これ以上を望めば壊れてしまうような気もしたし、これ以上を望まなくても幸せなような気もして、音也もこれ以上どうしたいということを口にする機会は減っていった。
 それでも彼女のことを見ていれば、好きだよとそれが恋だということを踏まえて伝えたかったし、そうした意味を込めてキスがしたいと度々思った。
 愛しいと心で衝動を受ける度に身体が疼いて自然と距離を詰めては、春歌に無言で(だめです)と返されて、その度に落ち込んだ。
(いやいや我慢……、これ以上欲しがったらいけない、いけない……)
 無言で訴えかけてくる彼女の眼差しで我に返っては音也は自分に言い聞かせ続けた。
 度々会う約束をしては、時間あれば同じ部屋で一晩を過ごす。そんな関係を続ける二人だったけれど、ある日音也は春歌から「しばらく会えないかもしれません」と切り出された。
「俺と会うのは嫌になっちゃった……?」
「違います、違いますっ……」
 急に会えないかも、なんて言われたらドキッとしてしまう。
 それくらい曖昧なのだ。別れようだのなんだの話をする以前にまず、付き合ってすらいない。だから都合が合わないと言われて理由もなく会わない日が続けば、それは今までの友人関係と変わらぬ距離感に戻る、そういうことだ。
「今入ってる仕事がちょっと、詰まり気味で……」
 春歌の作曲ペースは早いタイプだったけれど、それは仕事相手によって違うということに音也は最近気づいた。
 他のアイドルに曲を書くという機会も増えていて、最初のうちは悩むところが多いのかペースが乱れ気味になることが多い。
 今回もきっと、そうした仕事が舞い込んできて、余裕がないということなのだろう。
 音也は「うん、わかった。無理しないで」と会える時間が減るのは寂しいけど、また時間ができたら会おうよと定期的に連絡は取る約束をした。
 そうして春歌と会う時間があきらかに減っていって「定期的に連絡は取ろう」という、その約束はしばらくは果たされていたけれど、それもここ数日になって連絡が途絶え気味になってきたことが音也は気にかかりはじめた。
 春歌が今の仕事に関わり始めてから、一ヶ月以上が経つ。
 つまり一ヶ月はまともに会っていないということだ。最初のうちにしていたやりとりも、ぐっと少なくなって、連絡をとっても返事に時間がかかることが増えた。
 どうしたんだろうな、と春歌の変化が気がかりなまま、音也自身も普段から抱えている番組やドラマへの出演に、歌番組でのグループ活動、さらに自分の単独ソロライブの準備と忙しい毎日を過ごす中で、その日久しぶりに音也は春歌と出会うことになった。
 しとしととした雨が降り注ぐ中、遅い時間に寮に戻ってきた音也は、春歌とよく落ち合っていた庭園の方へと顔を出した。
 春歌に会えないという反動も含めて、根を詰めて仕事をしていたということもあって息抜きをしたいというのもあったけれど、何となく吸い寄せられるようにここへきたというのが正しいかもしれない。
「あれ?」
 ここは普段は誰もこないということを念入りに調べていたから、誰かがいる事に気づいた音也は不思議に思った。
 雨の中、傘が小さく揺れている。
 まさか七海のわけないし、と軽い気持ちで人影に近づいていくうちに、その人が本当に七海春歌だということに気づいて音也は慌てて声をかけた。
「七海! どうしたんだよ」
「は……。一十木くん」
 音也からの問いかけに、さしていた傘を揺らして、春歌が顔を少しだけ見せた。
「まってまって、肩のあたり濡れちゃってる」
「あ、大丈夫です」
「大丈夫なわけないだろ」
 何を言ってるの、何を、とつい呆れた声を出してしまった。とにかく、もう行こうと彼女を座っていたベンチから立ち上がらせる。
 肩のあたりが大分濡れていたから、このままじゃ風邪を引いてしまうと慌てた音也はとにかく、七海の部屋まで送っていくから、と肩を抱いて早足で歩き始めた。

 女子寮は男子禁制のルールがあったけれど、緊急事態だと感じた音也は、彼女のことを部屋の前まで見送った。
 ここで大丈夫です、と言われて部屋に入るまでには至らなかったけれど、早く身体を拭いて、着替えた方がいいよと音也が伝えると「うん」と春歌はちゃんと返事をした。
 ちゃんと返事はしてくれたけれど、そこで尽きてしまう会話を繋げたくなって音也は続け様に尋ねた。
「ごめん、俺、心配で……なんかあったんじゃない?」
 何かあるとしたら、話して欲しい。
 心配そうにしている音也に春歌は何でもない……と言いかけてから言葉を止めて、音也を見つめている。
「うん? どうしたの?」
「……何でもなくない……なくないです……」
 音也の心配そうな眼差しと視線を交わすうちに何かが溢れて止まらなくなったかのように春歌がぼろぼろと大粒の涙をこぼしていくのがわかった。
 こんな風に泣くところを見るのは久しぶりで、それも自分の胸元に顔を寄せて頼られるようにして泣かれるのは初めてで、音也は強張った手を必死に動かしながら、こういう時はきっと抱きしめてもいいんだよね……と誰に確認していいのかもわからないことを独り確認しながら、春歌のことをゆっくりと、ぎこちない動作のまま抱きしめた。
「七海……。落ち着いた? 大丈夫?」
「……ごめんなさい。急に泣いたりして」
 びっくりはしたけれど、と音也は胸の中でうずくまる春歌の表情を覗き込むようにしながら、「泣きたい時は、泣いちゃった方がいいと思うから」と音也は優しく声をかけて、その背中を何度も撫でる。
「でも一十木くんに迷惑かけてます……」
「いいよ。俺は七海のこと大好きだから、迷惑かけられても全然へーき」
「……大好き……」
「うん」
「わたし……わたし、一十木くんのこと……」
 お、あれ、もしかしてこれは……、あれ、このタイミングで、もしかして、二人の関係に進展が……⁉ なんて音也はドキドキしながら春歌の次の言葉に身構える。
「わたしは、一十木くんのことを好きって言えません……」
 えっ、という声は心だけでなく、ちゃんと言葉として思わず出てしまった。
 ここは、一十木くんのことが好きですって言ってもらえるタイミングだ、なんて音也は勝手に思い込んでいたからだ。
「だって、一十木くんに好きって言ったら、本気で好きになっちゃう……」
 引っ込んでいたはずの涙がまた溢れてきたのか、春歌は涙をこらえようとして顔を音也の胸に埋めた。
 もう好きって言っているようなものなのに、なぜこんなに引っかかるような言い方をするのだろう。
 俺は最初から本気なんだから、君も本気で好きになってくれたらいいのに。
 何もわかんないや、何も、と考え込みながら、ただグズグズになって泣き続ける春歌に理由を尋ねられるわけもなく、音也はただ黙って、彼女が落ち着くまでその背中を優しく撫で続けた。
 結局、彼女が泣き止むまでには十分ほどかかった。
 まだ続くしゃっくりのせいで身体を震わせてはいたけれど、涙も引いて、たどたどしいけれどやりとりもはじめることができた。
「そろそろ平気かな? 身体冷えちゃってるよね。着替えないと」
「一十木くんこそ濡れちゃったんじゃ」
 濡れたままの春歌のことを抱き寄せていたから、もちろん一緒に濡れてしまったところもあったけれど、春歌ほどじゃない。
 着ていた衣服が吸った水分が、ぽとりぽとりと雨露のように垂れて廊下に染みをつけていくのを音也は目で追った。
 いくら抱きしめ合って温かくても、濡れた衣服は身体の体温を奪い続けていくだろう。
「早く着替えた方がいいよ。俺はもう行くから……今日はずっと起きてるから、何かあったらすぐ電話して」
 ここでいつまでも立ち話をしてたら彼女も着替えられないだろう。
 俺はもう行くから、ともう一度だけ伝えて、男子寮にある自分の部屋に戻るために歩きだす。
 どこか寂しそうな表情をした彼女の視線が背中を追いかけてくるのを感じながら、音也はその場を立ち去った。

 音也に見送ってもらって部屋の前で別れてから、思わぬ場所で彼と出会ってしまったと春歌は濡れた衣服を脱いで着替えつつ溜息をついた。
 出会ってしまったんじゃない。
 会いたかったんだ。もしかしたら、会えるかもしれないなんて淡い期待を持ってあの場所へと出向いた。
 なぜなら一瞬で全てが変わってしまったことが春歌にとってあまりにも衝撃的な出来事すぎて、それを一人で受け止める自信がなかったからだ。
 誰かにそばにいてほしくて、その誰かの答えを求めるように、気づけば本能的に彼に会いたいと願ってしまった。
 暫くは忙しいから会えないと音也に告げて邁進していた仕事は、呆気なくなくなってしまった。それも最悪の形で。
「ええと……、未公開になるということでしょうか?」
 今すぐシャイニング事務所にある会議室にきてほしいという緊急の要件で呼び出された春歌が告げられたのは、今現在進行形で発生している事案に関する説明だった。
 例のプロデューサーからもようやくOKが出されて、レコーディングまで済んでいた曲は、誰にも聞かれないという運命をたどることになった。
 一生懸命に書いたフレーズも、歌ってもらうたびに様々なことを考えて作ったアレンジも、もう誰にも届くことはない。
 楽曲提供における権利の契約は、発注者である先方側が買い切るという条件になっていて、この曲を別の機会に発表することや同じようなフレーズで出すということもできない。
 報酬についてはシャイニング事務所自体が交渉をしてくれたおかげである程度は得られることになったけれど、そんなことよりも未公開になった経緯が春歌にとっては衝撃的だった。
 いわゆるスキャンダルだ。
 楽曲提供したアイドルグループの一人に恋人がいることが紙面に載って、それがスキャンダルとして世間を賑わす形になった。
 赤裸々な私生活をはじめとして、恋人である相手に関する情報もたくさん流れた。
 このアイドルグループは、春歌の提供した楽曲を歌うことを非常に楽しみにしていてくれたし、曲に合わせたダンスの練習も、レコーディングにあたっての歌の練習もボイストレーニングをはじめとして、必死に練習を重ねてきた。
 ファンとして応援してくれる人たちのことを愛しているというのが伝わるグループだったし、そこに嘘偽りはないと本人たちと接してきて、春歌は思う。
 とはいえ、スキャンダルはスキャンダルだ。
 彼らのために準備されていた今回の新曲をメインにしたライブも、テレビの出演も、今回のスキャンダルを重く見たスポンサーが降りるなどして、なくなってしまった。
 それにしてもこんなにも大きな影響が出るものだろうか。
 以前にも他事務所でスキャンダルがあったけれど、こんなにも早くスポンサーが反応して、潮が引くように仕事が消えていくなんてことあるのだろうか。しかしこれは紛れもない事実で、現実だった。
 こうして、目標としていたことすべてが一瞬で崩れてなくなっていくのを、春歌は目の当たりにした。
 信じられなかった。曲の取り扱いや今後についての打ち合わせを終えて帰ろうとしたタイミングで、よほどショックを受けているように見えたのか、いつもは厳しく接してくるプロデューサーから心配そうに「無理するな」と珍しく声をかけられた。
 そうした励ましの言葉にも軽く頷いて答えてから、今度はシャイニング事務所の社長たるシャイニング早乙女からの呼び出しを受けた春歌は事務所の社長室へと向かう。
 今回の騒動に関わる話であることは明らかだ。緊張しながら社長室の扉をノックすると、いつものように「入ってマース」というシャイニング早乙女からの応答が返ってくる。
「失礼します」
「呼び出された理由はわかっているな?」
 珍しくきちんと社長室にある椅子に座るシャイニング早乙女を前にしながら、緊張した声で春歌は答える。
「はい。今受けている仕事に関する話かと……」
「今回YOUが関わっていたお仕事ですが、ミーがすべての仕事を潰させていただきまシター」
「え」
 仕事がなくなったことで、これから先のスケジュールの調整であったり、新たな仕事に関する話かと思いきや突然の話に春歌は無意識に俯いていた顔をしっかりとあげて、シャイニング早乙女を見た。
「音也と違って察しのいいお前なら、私の言っている意味がわかると思うが」
 どうしてここで一十木くんのことが話題に出るのだろう。不安になりながら春歌は「意味がわかるとは……」とおそるおそる聞いてみる。
「今回の仕事はいい勉強になりましたネ」
 わざわざ言わせるな、というサングラス越しでもビリビリと感じるシャイニング早乙女からの圧力を感じつつ、春歌は「はい」と返事をすることしかできなかった。
 今後の仕事に関してはまた今度話すと伝えられて、今日はもう寮へ戻れと伝えられて春歌は力なく「失礼しました……」と告げて社長室を後にした。
 社長室から出て、事務所内を歩くとどこからともなくスタッフと思われる人物たちが「それにしても社長が手を回してくれて助かったよ」と仕事自体が失くなってしまったにも関わらずそうした安堵の声が聞こえてきた。
「こういうのは早めに手を打っとかないとダメージでかいしな……」
 決まっていたはずのありとあらゆる仕事が失くなってしまったのに。作った曲も、練習していたことも、見せるはずだった場所もすべてなくなってしまったはずなのに、これでよかったんだといわれているようで、春歌は胸が痛んだと同時にこれでよかったのだと思う人々もいるんだとそれを察した。

 寮へと戻るために帰り道をたどる。
 今度は通りかかった人々の会話が春歌の耳に入ってきた。
 例のスキャンダルに関する話題だ。スキャンダルを引き起こしたアイドルに対して「せめて、付き合ってたのがあのコだったらよかったのに」というファンと見られる人同士の会話だった。
 どうやら過去に恋人同士の役で共演した女優だったのなら、実際のストーリーにも合うし許せたかもしれないという話だった。
 共演者同士で仲も良さそうに見えたし、付き合っていたとしても違和感がない。
 過去に共演していた彼女だったなら、ファンの反応も好感触なものだったろうという意見が実際に今、小耳に挟んだのもそうだし、ネット上でも、そうした話題でもちきりだった。
 そうか。話題になるにしても相手が重要だったりもするのだな……と、考えもしたことがないことを初めて考えながら春歌は寮を目指す。
 とはいえ、寮に戻ったとしても、この仕事のために他の業務はなるべくいれないようにしていたせいで、やることがなくなってしまった。
 何をしていいかもわからないままに、春歌は導かれるようにあの庭園に向かう。
 途中で降ってきた雨に対して傘をさすことはできたけれど、座ったベンチでただひたすらに、今回のような出来事が音也に対して降り掛かってきたらどうしようという想像に支配される。
 音也だけでなく、彼が所属するアイドルグループであるST☆RISHにも影響は避けられないだろう。
 彼が今、必死に準備をしている単独ライブに影響も及ぶであろうし、嶺二と音也に提供する予定のユニットソングの話もなくなってしまうかもしれない。
 そんな恐ろしいことが、自分が音也とこれ以上の関係に進もうとすれば起きうるかもしれない。
 それはどうしても避けなければいけないのに、今もこうして彼に会えないだろうかなんて考えている。
「七海! どうしたんだよ」
 相反する心が何を意味するのか、本当はわかっているのにわからないフリをし続けているところで、彼と出会ってしまった。

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