#6 言わなくちゃ
最後にもう一息、と吸い込むようにして飲み終えてから、もう残りはないかな? とあるかないかを調べるために、アイスティーが入っていたプラスチックのカップを音也は傾けている。
飲み物がなくなったということに納得して諦めてから、話はそんなとこだよ、と言いたいことは言い切ったというように音也は目の前にいる春歌に告げた。
そして机の上で並べていた今日買ったばかりのハンカチへと目をやりながら「それで、これはダメにしちゃったハンカチの代わり……、の新しいハンカチ」と選んでもらったひまわりのモチーフの入った新しいハンカチへと手を伸ばして春歌の手元に差し出す。
「あっ。そういうことだったんですね」
全然気づかなかった、とこれだけ話題にしているのに、手元にやってきたハンカチが自分へのプレゼントだとやっと気づいたというように春歌は驚いた目をした。
「そんなお気遣いいただかなくてもよかったのに」
「お気遣いするよ~、七海の大切なハンカチをボロボロにしちゃったんだもの……。それにプレゼントって新しいものを渡しても、代わりにはなんないかもだし」
「代わりにはならないなんてことは!」
プレゼントであると伝えられたひまわりのモチーフが入ったハンカチに柔らかなまなざしを向けてから、次にすぐ音也を見て「新しいハンカチ、ありがとう。大切にします」と春歌が微笑むと、音也も「うん」と同じように微笑んだ。
「あ、ハンカチはね、値札も取ってもらってすぐに使えるようにしたから、このまま持って帰ってくれたら嬉しいな」
「ありがとう」
じゃあ、と春歌が置かれていた新しいハンカチに手を伸ばす。
すると、春歌が手にしたハンカチの下から、もう一枚、春歌に選んでと頼んだ際に音也が手にしていたもう一枚の猫のモチーフの入ったハンカチが出てきた。
「あっ。これはね、俺の」
お前はこっち~、というように音也がもう一枚のハンカチを手にとる。
「一十木くんは猫のハンカチにしたんですね」
そっちも可愛いなあ、と思っていたのは本当だったから、少しうらやましそうに春歌が声をかけると、音也は嬉しそうに手にしているハンカチを見ながら選んだ理由を教えた。
「七海、ひまわりを見ると俺を思い出すって言ってたじゃん」
うん、と頷く春歌に音也は続けた。
「七海から借りてたハンカチに猫の模様入ってたからさ、俺は猫を見ると七海のことを思い出すんだ。だから、こっちのハンカチが欲しくなっちゃった」
これ女の子向けっぽいけどね、まいっか、とそういうことはあんまり気にしないというように音也はハンカチをそのまま自分のボディバッグにしまいこんだ。
音也がハンカチをしまったのをみて、春歌も自分の鞄にもらったハンカチをしまう。
そうして手元にあるものを片付けたりしていると、ああ、こうした時間もそろそろ終わりなのかも、と悟ったような空気が流れ始める。
そうだ、これだけは言わなくちゃ、と音也は口を開いた。
「七海のことを誘ってたの、ハンカチのことを謝ろうと思ってたからなんだよね。お詫びもかねてどっかに出かけられたらなー、っていう」
少し焦って意識しすぎて、今思えば恥ずかしい誘い方ばっかりしてた気がする、ごめん、と音也が素直に頭を下げると、春歌も「いえ」と結局は誘いを断っていたわけだし、とそれを思えば何と返事をすればいいかもわからなくなる。
「でも、七海にハンカチも返せたし。言いたいことも全部言えたから大丈夫。もう七海のことは、誘わないよ」
だから安心してね、と誘いを断り続けていた彼女のことを想ってその言葉を音也は口にした。
先輩である嶺二にもしっかりと怒られたし、実際断られているのに諦めずに何度も誘っていて、冷静になって考えてみたらどれだけしつこい男なんだ、と気づいたということもある。
今日こんなに楽しく話せたのに、嫌われたくないもん。手遅れになる前にそれに気づけてよかったと思っているくらいだ。
嶺二から釘を差されていることも含めると、今まで以上に距離を置く関係になっていくのかもしれないな、なんてことも音也は頭の隅で考えた。
「……もう、こんなふうには、話せない?」
そうした音也の心情を見透かすように、春歌が自分のことを一切見ようともせず、俯いたままで聞いてきたことに音也は「え?」と思わず聞き返してしまった。
聞き返すけれど、春歌からの返事はない。ただ俯いたまま。
「……ええ~?」
返事がない彼女に向けて、本能的な素のままの声が音也は出た。しまった、こんな時にどんなふうに答えたらいいのかが全然わからない。
いつもだったら考えなしに思うことが言葉になるのに、今ここで伝える一言を間違えたらおしまいなのかもしれないなんて、そんなことを考えている。
でもきっと、こう答えてもいいんじゃないかなって、音也は少しだけ期待しつつも冗談まじりに答えた。
「じゃあ……また話しかけちゃおうかな」
俯いていた顔をあげて、自分のことをようやく見てくれた春歌と目が合う。
いいのかな。ダメなのかな。また話しかけて誘ったりなんかして、断られちゃったりしたら、俺だって傷ついちゃうよ……とすがるような目でつい彼女にそんな切ない眼差しを向ける。
「……誰にも見られないところで、話しかけるし」
それなら大丈夫? と思ってさらに付け足すように伝えると、ようやく「うん」と小さく春歌が頷いたのをみて、やったと小さく声を漏らしながら音也は早速というように相談をしはじめた。
「誰にも見られないところで何の話、しよっか」
「う~ん……一十木くんが最近食べたおいしいものの話とか」
「ああ~ロケ先で最近よく食べるもんね。いいよー、美味しいもの食べたら七海に教えてあげる。お土産も買ってくるね!」
「嬉しいですっ。わたしは……そうだなあ、外に出ることはあまりないんですよね」
よく考えたら本当に出不精だ、とそれに気づいたかのように春歌は首を傾げた。
天気の話をしようにも、缶詰状態が続けば天気のことすら知らずに過ごす日もあるし、音也のように最新情報を共有できることもない。
困った様子の春歌に、助け舟を出すかのように音也が切り出した。
「七海は、たっくさん曲を書くだろ? 曲を書いた時のメロディやフレーズとか、リズムをどう決めたのか、とか知りたいし、あとはもし、聞けなかった曲とかあるなら俺、聞いてみたいなぁ」
「音楽の話ですか? それならわたしにもいっぱいできそうです」
音也からの提案を聞いて、悩んで不安そうにしていた春歌の表情が急に変わって、自信に満ち溢れたものに変わる。
ただ、「聞けなかった曲」については未発表にしたなりの理由があるので、聞いてもらうにはやっぱり恥ずかしいんですよね、と春歌は苦笑いした。
「俺は七海の曲なら、どんな曲でも聞きたいなあって思うよ。大好きだもん」
「わたしも、一十木くんに歌ってもらえて、どんどん大好きな歌が増えてます。ありがとう」
なぜだろう、最初から自分が感じていた気持ちはわかっていたはずなのに、目の前で笑ってくれた春歌のことを音也は単純に可愛いくて眩しく思えてしまって「うっ」と自然に声が漏れそうになる。
可愛いなと思ったし、話していてとても楽しかった。大好きな歌のことをここまで素直に話せる人と出会ったのは君が初めてで、やっぱり諦められないんだよね、とそればかりを思う。
こんな風に笑う君を見て、これから先も音也はそうしたを気持ち抑えきれるかわからなかった。
いつまで、君と他愛のない話をして過ごせるだろうか。
いつまで、話すだけで満足していられるだろうか。
二人の時間を望んだことで、一人の寂しさに気づいてしまうんだろうか。
二人でいることで、大好きな人たちを傷つけたりするのだろうか。
最後まで君のことを大好きでいられるのだろうか。
何もわからなかったけれど、ここで終わりにはしたくないなんて本心だけがお互いに剥き出しになっていて、隠そうとしても無駄なのだとそう感じた。

たかさか
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